2007年1月26日、文化庁メディア芸術祭10周年企画展「日本の表現力」開催でにぎわう国立新美術館にて、シンポジウム「メディア芸術って何?」が行なわれました。パネリストとして「日本のメディア芸術100選」アンケートでマンガ部門1位に選ばれた『スラムダンク』の作者・井上雄彦氏、アニメーション監督で文化庁メディア芸術祭アニメ部門の主査をつとめる富野由悠季氏、演出家のテリー伊藤氏を迎え、「日本の表現力」展実行委員の浜野保樹氏の司会のもと、アート、エンターテインメント、アニメ、マンガなど各分野に広がる「メディア芸術」をテーマに語っていただきました。
■自己表現のスタートは現場から
シンポジウムはマンガ、アニメ、エンターテインメントのトップクリエーターでもあるパネリスト各氏に表現活動へ入るきっかけや、苦労を重ねた当時の現場について伺うことから始まりました。
テリー:「“これをやりたい”とか熱いものはほとんどなかった。でも学生時代から音楽にしろファッションにしろ、ものの捉え方がちょっと人とは違っていて、それでテレビの世界ならそういう部分をうまく引き出せるんじゃないかなと思って。制作会社に入ったんですけど、テレビ局と違って予算がないから有名タレントを確保できない。そこから素人を使う技を覚えていったんです」
富野:「写真か映画しかない、という自分の適性は多少意識していました。でも全く就職活動をしていなくて、あと数ヶ月で大学を放り出されるときにたまたま虫プロの入社試験があったので行くしかなかった。すさまじい現場でしたが、何よりもフィルムをいじれる仕事だから製作まるごと覚えてしまおうと考えて『鉄腕アトム』の仕事を3年間やりぬくことができた。その結果、一生やってもいい仕事だと思えるきっかけを手に入れたので、現実をおっくうがらずに見つめることができたという自分の生真面目さには感謝しています」
井上:「大学を中退して福岡でフリーターをしながらマンガを投稿していて、そこで賞をもらって上京しました。それから『シティハンター』の北条司先生のところで背景とかを描きながらプロの技術を学びつつ、並行して自分の作品をつくっていく。最初は読み切りで雑誌に載るんですけど、人気がないと次がなかなか難しいんです。でも食らいついていって、やっと連載の企画が通ったところで独立しました。(その後『スラムダンク』が国際的な人気作品に成長したことについて)先に開拓していった作品があって、日本のマンガが受け入れられるという時代の恩恵を受けているのは確か。その流れに乗っているんだろうなという気はしています」
■メディア芸術が含むもの
「10年前にメディア芸術祭の委員会が発足した当時、マンガやアニメを含む全体を表現するものとして“メディア芸術”という言葉をつくった」と語る浜野氏。文化庁メディア芸術祭を続けてきたのも“アート=芸術”ではなく“アート=表現”として、もっと広い意味での新しい表現をつくるという意義がありました。ここで明和電機の土佐正道氏からいただいたビデオメッセージが会場に流され、「メディア芸術とは?」の問いに答えた「僕がつくるものはアートですが、プレゼンテーションでテレビや雑誌、DVD、玩具などを作ります。僕にとってはそれがメディア芸術」という言葉をうけて、パネリストの皆さんに同じ質問を投げかけました。
井上:「日本で言う重苦しい芸術ということではなく、“アート=表現”ということであるなら、マンガをあらわすのにこれほどぴったりな言葉はないような気がします。とくに日本のマンガは雑誌で連載するということが作品をつくるうえで大きなファクターになっている。読者の反応を自分のなかに取り入れて次のものを出していく形式で成り立っているので“メディア芸術”といわれれば、なるほどと思います」
富野:「“メディア芸術”というタイトルを聞いたとき、すごく嫌でした。それはテリー・イーグルトンの言葉を借りると“資本主義体制下に陥ったときに文化は堕落していく”、つまり“ビジネスに乗っかったら文化というのは台無しになっていく”という文化論があって、メディア芸術というのはそういうものも含んでいると思うからです。でも3年前にメディア芸術祭の審査員をやらないかといわれたときに引き受けた理由は、渦中にいて少しでもメディアのハードウェアに流されないもの、打ち出せるものを50年後につくろうじゃないかという意思表示をするため。今、時代で起こっていることは何かというのを見定めていって、それを後進に伝えていくということもアートの表現だと思っています」
テリー:「テレビっていうのは芸術から一番離れているかもしれない。自分のなかで“たかがテレビ”という意識を常に持っているんですよ。芸術っていうのは自分の感性が問われるものじゃないですか。僕はテレビっていうのは感性を問わないものだと思いますし、感性を問わないものがヒットするんです。どこのラーメンが美味いか、とか子供や老人を問わず誰でも自分の経験のなかで語っていけるでしょ。テレビっていうのはそういう意味で大衆芸術だと思うんです」
■「クール・ジャパン」って何?
続けて「メディア芸術祭を開催しようとしたもうひとつの意義として、日常のなかに美を育んできた日本の伝統があり、美術館で鑑賞される“目的としての芸術”をつくってきた欧米に対する日本的な異議申したてがあった」と語る浜野氏。そして現在、日本のポップカルチャーが「クール・ジャパン」として世界で注目されていることについて、それぞれ語っていただきました。
井上:「海外で“クール”といわれているのはアニメっぽいものというか僕のマンガとはちょっと違う感じで、それが日本的だと思われている節がある。そういうところに切り込める才はないので、逆に僕が聞きたいくらいです。ただ日本のマンガは他国よりも制限が圧倒的に少ないですし、多くの雑誌があって厳しい読者の目に常にさらされている。世界に受け入れられているのはそういった下地があるからなのかも」
テリー:「僕はジャニーズ事務所ってものすごい文化だと思うんですよ。石原裕次郎をもってしても日本の芸能界でトップスターでいられるのは5年が限界なのに、SMAPは15年くらいトップを続けている。芸能界の奇跡ですよ。だからモーニング娘。も含めてジャニーズ形態っていうのは世界中に増殖していきますよ。これは日本人のもっている女々しさみたいなものもあると思う」
富野:「日本は明治から現在までの間に、西洋の文化をかなりいいかたちで自分たちのものに作り変えるスキルを発揮した。それで今、日常のなかにアートを置いてしまうという日本のスタイルが海外から認められている。萌え系みたいなものだけが受けていると感じるかもしれませんが、それはマーケットリサーチが偏重しているだけのことで、そうではないと思っています。一方的な言い方ですが、日本は経済的に産業的に完全に爛熟期に入ったということなんですよ。ジャニーズ系みたいのが流行っているってことは、確かに良い面もあるんですけど、“皆の趣味が悪くなった”という言い方もあるんです。芸能としては評価しています。評価しているけれどもそれが高級なものなのか、文化なのかという話は全く違う話。それを一緒くたにしてはいけないと思います。でも高級を目指すことが必ずしも芸術だとも思えない」
■クリエイターに必要なもの
そしてビデオ上映にて土佐氏が再び登場。「社会という仕組みの機械を改造するような仕事をしてみたい。僕の究極の目的は僕という機械をつくること」と今後の目標を語り、最後に井上氏、富野氏、テリー氏から若いクリエイターたちに向けたメッセージをいただきました。
井上:「僕がこれを読んでマンガ家になったという作品をひとつ挙げるとしたら、やっぱり『ドカベン』です。最近これはいいなと思ったのは、僕と同い年の森田まさのりというマンガ家の『べしゃり暮らし』。必ずしも評価されてないかもしれないですけど、僕はやっぱりすごいなこの人、と思いました。それぞれ進む道のなかで、自分を削らなきゃいけない場面がいっぱい出てくると思うんですけど、“絶対に削れない自分”というのを残してがんばってほしいなと思います」
富野:「僕がこの仕事につくことができたのは『鉄腕アトム』というマンガです。まだ戦争に負けた空気感の漂うなかで読んだこのマンガのアメリカナイズした素晴らしさ、それを日本人が描けてるというのは本当にカルチャーショックでした。これ以後の勉強になるものに関して年寄りらしく言うと、俗にいう「世界100選」といわれているような名作を見る努力、読む努力をしてください。絶対に損はしません」
テリー:「時代のなかでそれぞれが時間を忘れるような作品があれば、それで十分だと思います。僕もそうでしたから。僕はものよりも人間の心理が好きなんですよ。それには洞察力が大事なので、洞察力を養ってください」



