平成9年度[第1回]文化庁メディア芸術祭
平成11年度[第3回]文化庁メディア芸術祭 受賞作品

アニメーション部門

プチプチアニメ~ニャッキ~
優秀賞

プチプチアニメ
~ニャッキ~

作者: 日本放送協会

(日本)

贈賞理由

この作品は、手作りの良さを活かしたところが特徴になっている。とりわけ、粘土や立体、砂などセルアニメ以外の技法に優れており、そのアニメ技術が評価された。また、キャラクターも可愛く、背景との組み合わせも巧みである。

作者プロフィール

伊藤 有壱

伊藤 有壱

1962年東京都生まれ。85年東京芸術大学美術学部デザイン科卒業。SFXプロダクション、CGプロダクションを経て95年にフリー。98年に自身の制作会社I.TOON Ltd.,を設立。TVCM、TV番組、劇場映画、ゲーム、プロモーションビデオ等の分野で、アニメーションからCG、キャラクターデザインまで数多く手掛けている。

Winner's Interview

──どんな子供時代だったのか、まず教えて下さい。

小児喘息を患っていて、体の弱い子でした。それでも、家のまわりは工場街だったので、倉庫のダンボールを渡って遊んだり、下町を走り回ったり、紙芝居を楽しんだりしていました。5歳くらいの時に横浜市の新興住宅地に引越しまして、そこは畑と田んぼしか無いようなところだったので、山に虫を取りにいくとか、割と外でよく遊んでましたね。ちっちゃいころから、絵は好きでしたけど。

──どんな絵を描いていたんですか。

漫画とか、自己流のイラストばかりでしたけど、風景画も好きでしたね。ストーリー漫画も授業中に描きました。授業中じゃないと駄目なんですよ。ノートに漫画を描いて連載するんです。それで、まわし読みをして、先生に見つかったり。

──アニメーションや映画との出会いはいつごろですか。

最初はやっぱりテレビの漫画です。『サイボーグ009』とか、『ガンバの冒険』とか。  予備校時代に、NHKでカナダのアニメーションを観ました。それが、アートアニメーションといわれているものとの最初の出会いでした。ものすごくショックだったのが、ルネ・ジョドワンの『三角形のワルツ』っていう作品なんです。あ、こんなに不思議な時間軸と映像の世界があるんだ、漫画じゃないアニメーションがあるんだ、という印象が強く残りましたね。でも、そのときはアニメーションや漫画をやろうとは思わなかったんです。

──大学はデザイン科ですよね。

東京藝術大学のデザイン科ですけど、変なところで、デザインやらしてくれないんですよ。日本画を描けとか、粘土こねろとか。その分、いろんな素材を1、2年生で体験して、その中で自分の専攻を決めていくんです。そのころ、僕はオタク街道まっしぐらで、動画部っていうサークルに入ったんです。動画部は変なやつばかりいて、面白い人間が輩出されているんですよ。大友克洋さんの劇場映画の監督をやってる川崎博嗣さんとか、僕の1年後に入ってきた村上隆とか。まあ、みんなオタクって感じで、好き勝手やってたわけです。そんな環境にいるなかで、日仏学院で上映していた、ロシアとかチェコとかカナダとかのアニメーションをむさぼるように観に行ってました。

──印象に残っている作品というと?

ユーリー・ノルシュテインの『霧につつまれたハリネズミ』を観たときには驚きました。絵本の絵が動きだしたような、変に芸術ぶっていなくて、純粋な結晶を見ているような。いつか、こういうのをつくりたいなと思いましたね。それで段々、デザインから映像に戻ってきたんです。

──で、大学を出て‥‥。

卒業すると、特撮映像のプロダクションの「白組」というところに入りました。そこで3年ほど、劇場映画とかイベント用の映像とかCMとか、いろんなものを怒涛のようにこなして、テクニカルなことを勉強できました。特撮に限らず、手書きのアニメーションや人形、CGとかを、すべて1社の中でやっていく、すごく活気のあるところでした。  3年くらい経ったときに、コンピュータグラフィックスが面白いと思いはじめたんですが、当時その会社の設備では、なかなか新しいことが難しかった。それで、仲間と会社をつくりまして、CGプロダクションを6~7年やっていました。やることすべて初めてくらいの時代だったので、非常にエキサイティングでした。

──自主制作で作品をつくったきっかけは何だったんですか。

デジタルをやっていると、手を汚すことがないんです。画面の中に手を入れたいけど入っていかないっていう、そういうストレスがありました。そこで自分の中に残っている、白組で培った手書きだとか、フィルムオプチカルのノウハウっていうのを、忘れる前に作品にしなきゃいけないと思った。それで、仕事の合間に、完全にプライベートで、『星眼鏡』っていう作品をつくったんです。

──広島国際アニメーションフェスティバルの受賞作ですよね。

ええ。広島国際アニメーションフェスティバルに行くと、自分も映像バカですけど、世界中から映像バカが集まって来るんですね。そこで、アードマンの継続するエネルギーというのを見て、アードマン総体がすごいなと思ったんです。1994年に、ピーター・ロードさんっていうアードマンの監督のワークショップに参加し、その後、秋になってブリストルに飛んでいったんです。そのとき、自分なりの作品集を持っていったら、かなり面白がって見てくれまして、しかもラッキーなことに珍しく暇な一日だったらしくて、スタジオを全部案内してくれて、ご飯を食べながら、すごいことをいっぱい教わったんですよ。その一日で人生が変わったくらい。  ちょうど会社を夏に辞めたばかりで、1カ月くらいイギリスやフランスあたりをぶらぶらして帰ってきました。そうしたら、子供向けのアニメーション作品のプレゼンテーションをしないかという話をNHKからいただきまして、それで生まれた作品が『ニャッキ!』なんです。

──アイデアのコアにはどんなものがあったんですか。

NHKから出されたお題が、立体アニメであること、2~6歳の子供向けの作品であること、台詞がないことの3つだったんです。その時に、2~6歳っていっても、子供って感受性とか能力にだいぶ差がありますよね。それで、1歳児くらいの小さな子でも、手のひらでパンってやれば死んじゃうような、子供が見てもちっぽけな存在ががんばっている話にしようと。あと、実は粘土を触るのは初めてだったので、アイデアはものすごくあるんですけど、それが実現できるかどうかっていうのが不安だったので、棒一本だったらなんとかなるんじゃないかという部分もありました。

──ほのぼのしている中に、ところどころ残酷な表現がありますね。

『ニャッキ!』はいくつかの切り口があるんですね。かわいいっていうエンタテインメントの部分と、不条理の部分と、ブラックユーモアの部分と、だいたい大きく3つの見方があります。あるエピソードではかわいくて仲良しなのが、次のエピソードではただの虫けらであったり、見てる人が「あれ?」って違和感があるものづくりを、あえてしているんです。

──『マトリックス』のパロディみたいな部分もありますけど、エンタテインメント性を意識してのことですか。

まさにおっしゃるとおり。あれをやるまでは、『ニャッキ!』って、もうちょっとインナーな作品だったんですけど、この辺で観てる人に大サービスをしなきゃということで、今まで封印していたエンタテインメントの定石みないなやつを、てんこ盛りにして、誰でもわかるようなものをつくったんです。実は『マトリックス』観てないんですけどね。そういうのは、たまにやります。

──現在進行中の作品や今後の作品について聞かせて下さい。

つい最近、映像だけ仕上げた『冬の日』っていうオムニバスのプロジェクトがありまして、それには「ITOON」の総力が結集されています。それが最新の作品です。  今後に関していうと、今、じつはフリーランスになるころから8年か9年くらいになろうとしているんですけど、ある時期から、僕はノンストップで吐き出し続けてきたんですね。それで今、あらゆるテクニカルなものや、環境も変わっているし、いろんなことに興味津々で、勉強したいんですよ。ちょっと1年先の自分もまるで見えませんけど、新たに自分のツールってものを発見して、自分にとってより純粋な実験をしていきたいですね。 『ニャッキ!』に関しては、劇場化しようとはまるで考えてなくて、5分のまま淡々と続いてくと思います。それと、やっぱり「子供たちへ」っていう気持ちが一番根底にあって、そのためには自分の作家性を偽らないこと、自分自身が面白いことを出し続けることが、子供に対する礼儀だと思ってます。

Works 星眼鏡 1990 『星眼鏡
  BEANUTS BROTHERS 1997 『BEANUTS BROTHERS
  ニャッキ! 1997 『ニャッキ!
  ビビ・リトルのレインボーデー 2002 『ビビ・リトルのレインボーデー
My Favorites tool SONY Cyber-Shot F77 … イメージスケッチ、ペイント素材、出会った人とプラスmeするのに最適
ネンドヘラ … 東急ハンズで¥900の。いつも持ってる
  artist Tex Avery、Jim Henson
  resource DVD『Le Monde Magique de Ladislas Starewitch』
ロシア出身の人形アニメ作家 1926~1949の作品集。恐ろしいパワーがこめられている!
  others 三軒茶屋「赤鬼」は日本酒も料理も本当にうまくておすすめです。

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