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保田 紀之
1969年、千葉県生まれ。駒沢大学で考古学を専攻。卒業後ゲームメーカーでアミューズメント施設の運営業務に携わるが、映像を志し退職。第1回メディア芸術祭受賞後、CGプロダクション勤務、フリーランスを経て、2003年、有限会社パンチラインを設立。
──大学では考古学を専攻していらしたんですよね。今やられているアニメーターとしてのお仕事と繋がりはありますか。
えーと、まったくないですね。学校出るときには、考古学の道は自分で閉じちゃってたんです。そっちのほうはもっと興味のある人にまかせて、僕はちょっと身を引こうってことで。でも今となってみたら、考古学資料の立体アーカイブのような仕事に拡がってみてもいいかなと思ってます。
──そもそも考古学を志されたきっかけというのは?
シュリーマンを好きとか、それくらいです。お話とか読んでいて、まあロマンチックなところで興味を持っていただけだったんですね。大学でやったのは縄文時代の分野で、発掘に行ったりもしました。
──それでは映像やビジュアルの制作はいつ頃から始められたんですか。
もうつい最近ですね。受賞作の『hana』が、個人作品としても最初だったんですよ。それが制作活動のスタートラインです。
──お兄さんの保田克史さん(アニメーション作家)は、高校の頃から映像を作られていたんですよね。
兄貴の場合は子供の頃から映像をやってましたね。その兄が美術系に進学しちゃったんで、僕には「来るな」と(笑)。僕は大学で歴史を勉強してたんですが、営業の仕事をしたくて、学校出たあとは、セガの店舗の店長をやってました。そこを3年で辞めて、その後からですね、CGの勉強を始めて、映像作品を作ろうと思ったのは。まさか今ゲームを作ることになるとは思わなかったですけど。
──どうしてその後CGを学ぼうと思われたんですか。
3年間会社にいて、そこで次に何をしようかな、どうしたらもっと売り上げが上がるかなと考えたときに、見えなくなっちゃったんです。それで当時は本格的な営業職をやろうと思っていて、そういう方面での転職活動をしていたんです。でも不況もあって、どこも採用してくれなかった。じゃあ、この際だからCGの勉強でもやってみようかなと。手に職がないから仕事につけなかったと感じたんで、悔しいから手に職をつけちゃおうかと。それでデジハリに入ることにしたんです。
──デジハリで勉強をされて、『hana』を制作する前にした仕事というと……。
デジハリが映像制作会社と提携していた時期があって、インターンみたいな感じでやらせてもらいました。怪獣映画の仕事で、僕の好きな雨宮慶太さんという監督の『タオの月』という作品です。それを4カ月くらいかかってやりました。
──担当は3Dのモデリングですか。
はい。まず造形とデザインがあって、それをモデリングして、アニメーションさせるっていうことをやりました。CGのスタッフが僕をいれて3人。経験もない勉強したての人間にとっては、かなりの部分を任せられたんですけど、いきなり泊まりも多くて、忙しさも最初に体験できた(笑)。その後仕事するのにいい足がかりになりました。
──最初のうちから、作品制作は3Dメインでやると決めていたんですか。
いや、そういうわけでもなかったんです。今の仕事は動かす仕事なので、3Dじゃなくても動かせといわれたら何でも動かします。
──受賞作『hana』についてお聞きします。キャラクターが5つ集まって桜の花みたいになるシーンがありますよね。大阪万博のマークみたいですが、意識してそうしたんですか。
うーん、どういう経緯でそうしたのか忘れました。あんまり意図はなかったと思います。本当は、草が建物に絡みつくとか、もっと草が動くところをやりたかったんですよ。でも制作の時間がなかったので、とりあえず話を閉じなくちゃいけなかった。当初は、街と植物が融合しているっていうビジュアルがあったんです。風化した都市、東京の街が風化してジャングルみたいになっているっていう。だから納得いってない部分も多いです。
──植物へのこだわりというのは?
あの頃、植物を表現するのはハードルが高いものだったんですよ。それでチャレンジしてみたいなと。実写合成みたいなことをやったのも、当時は個人制作でCGを使う作品となると、みんなフル3Dだったからなんです。
──最後のところは『AKIRA』みたいな終末感が出ていますよね。やはり、大友克洋作品は好きですか。
ええ、まあ、単純に僕らくらいの年代だったらよく見ているので、自分の中のどっかには残ってますよね。
──他には好きなマンガはありましたか。
『攻殻機動隊』の士郎正宗ですね。中学や高校の頃好きでいっぱい読みました。それ以外では定番ですけど手塚治虫。あと、藤子不二雄は大好きでした。AもFも好きですけど、刷り込まれているのはFのほうですね。やっぱりSFが好きなので、子供の頃から宇宙探検ものの短編はいっぱい読みました。
──SFといえばジョージ・ルーカスがお好きなんですよね。
そうですね、『スター・ウォーズ』が大好きなんで。お話がつまらなくなっても、『スター・ウォーズ』の絵が出るだけで、パブロフの犬のごとく反応しちゃいます。
──それを聞くと、ニック・パークが好きということと、イメージが一致しませんが。
僕が作品を作るときのベースには、マンガ文化もあるんですけど、兄貴がいたので人形アニメに触れる機会もあったんです。僕が、まだ映像を作るっていうことを考える前、広島のアニメーションフェスティバルでニック・パークの作品を初めて見て、凄く衝撃を受けました。CGの勉強を始めるときに、自分がどういうものを作りたいのか、いっぱい映像を見たんですけど、その時、やはりニック・パーク凄かったよなって思い出した。粘土を使ってるんですけど、形がしっかりしているじゃないですか。リップシンクもしっかりしている。ぐちゃっと変化していくのが粘土アニメだと思っていたので、ここまでの人間描写を粘土アニメでできるんだと。ああいうものをCGに取り入れたいなと、まず目標としてありました。
──なるほど。ところで、現在の会社で制作された、PS2の『チューリップ』についてお聞きしたのですが、どういった経緯で作られたんですか。
あれは企画を売り込むところから始めたんです。仲間内でブレストして、企画を練り上げるところから始めました。
──CGの部分だけじゃなくて、世界づくりから関わったということですね。
ええ。初めてゲームの仕事をやったわりには、コアな部分からやれたんです。キャラクターのアニメーションをやりたいから、いっぱいやったんですけど、モデリングもやったし、ネタ出しもやった。ゲームって多いところだと100人近く動いたりする場合もあるけど、結局10人ちょっとで作ったんですね。いい経験をしたと思います。
──続編はありますか。
商売を考えるんだったら、続編を作ったほうが堅いんですけど、1本つくっちゃうと、やりつくしちゃうというか、他のことを思いついたりして。続編を作る暇があったら、新しいものを作りたいですね。僕らが独立系でやっているというのは、縛られないで好きなことをやっていたいなっていうのがあるからなんです。ある意味続編を作るっていうのは縛りですよね。
──ということは、会社とは関係なく、商売を度外視したような作品を作りたいという気持ちもあるんでしょうね。
やりたいんですけど、今はできないですね。今の目標は、早く仕事が手から離れて、自主制作作品を作れるようになることです。
──ところで克史さんの作品のお手伝いをされてますよね。
『ロボット・パルタ』でCGの合成用のカットが必要なときには呼ばれて手伝います。兄弟なので、結構ずけずけと要求してきますけど、まあ、勉強させてもらってますね。実はアナログの立体もCGに凄く近いなと思ったんです。立体造形の感覚ですね。だから兄貴なんか3DCGやれるんじゃないかなって思います。
──逆もありですね。
ええ、僕もいつか人形アニメをやりたいですね。僕がもしアナログをやる場合は、デジタルの考え方をアナログに持ち込むってことができると思います。
| 1997 『hana』 | ||
| 2000 『印刷博物館エントランスホール展示上映映像』 | ||
| 2002 『チュウリップ』(PS2ゲーム) | ||
| tool | 3ds max & Character Studio、Maya、After Effects | |
| artist | ニック・パーク、山村浩二、ジョージ・ルーカス、富野由悠季 |
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