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| © KATSUSHI BOWDA 1998. |

保田 克史
1964年10月7日生まれ。 武蔵野美術短期大学工芸デザイン卒業。 学生時代から立体アニメーションの自主制作を始める。 97年株式会社スリー・ディー入社。 89年からフリーランス、立体アニメーション、2Dアニメーション、立体イラストレーションなどを中心に、TV番組、TVCM、グラフィック広告、ビデオパッケージ、CD-ROM 、雑誌、展示映像、キャラクター制作等を手掛ける。 現在、徳島アニメーション学校講師。 日本アニメーション協会会員。
──保田さんの処女作は、どういった作品でしたか。
処女作が何かっていうのは、答えるインタビューでその都度違ってくるんですよ(笑)。まあ、高校の時にSF研究会というサークルに入っていて、8ミリでアニメーションをつくったのが、最初といえば最初ですね。宇宙人が学校を壊しにやってきて、最後に巨大ロボットが校庭を舞台に戦いをするっていうものだったんですけど。そのころ、『スターログ』を読んでいたので、人形は骨組みからつくらなきゃいかん、という知識だけはあったんですね。それで、どうやってボールジョイントに穴あけするかっていうところから始まって、夏休み中かけて悪のロボットをつくりました。正義のロボットはガンプラの改造だったので、悪のロボットのほうがよく動きましたね。とはいえ、今となっては、ほんと見せられない動きなんですけど。
──当時、映像作家のヒーローはいましたか。
レイ・ハリーハウゼンくらいしか名前知らなかったんですけど、ああいった、特撮映画のなかでコマ撮りしてる映像っていうのに引かれましたね。初期の『スターログ』を読んでいてSF研究会に入ったくらいですから、特撮には興味があったんです。でも、算数できないと特撮ってできないんじゃないか、自分は如何せんアナログな人間だし、何ができるかなって考えると、コマ撮りなら1個ずつ数えればできるんじゃないかなと。それでアニメーションをやりたいと、そのとき思ってしまったんです。そんなことしてるから2年も浪人しちゃったんですけど(笑)。
──それでその後、武蔵野美術大学に進まれたわけですよね。
ええ、工芸デザインの金工コースというとこに入ったんですね。映像科というのはその当時なかったんですよ。で、サークルに入ろうってことで、アニメサークルに入りました。まあ、美大のサークルなので、アート志向の人がいるんですけど、オタク道邁進のロボット変形大好きみたいな人もいて、両方いたのが楽しかったですね。 ちょうどそのころ、MTVが地上波で紹介されはじめて、ジングルで子供向けとはちょっと違う、クレイアニメーションとかが流れてたんです。ビデオクリップ自体にもアニメーションの面白いのがあって、いろんな技法がミュージックビデオの中から紹介されてくるようになった時期でした。
──『パルサー』の音楽は保田さんご自身が作曲されたんですよね。
『パルサー』では音楽を自分でつくろうと思ったんですけど、楽譜読めないし、とりあえず効果音はパソコンでつくろうというところからスタートしたんです。でもパソコンはよくわからないので、弟(保田紀之)に教えてもらったんですね。「余計なボタンは押さないように」ってことで、セーブ&ロードから教わりました。それで、こんなフレーズっていうイメージはあったので、ピアノをやっていた妹に楽譜に起こしてもらったり。もう兄妹使い回しです(笑)。 それで結局、これは面白いかもってことで、次の作品用にコルグのシンセを買ったんです。そうしたら入力窓はちっちゃいし、マニュアルは分厚いし、もうわけわかんないんですよ。それで、これで俺の音楽の才能は終わりだなと。結局、今の仕事仲間で音楽をやってくれている山下尚輝に、これあげるから協力してくれと。まあ、『ロボットパルタ』や『快動力リアル』も彼が音楽をやってくれていて、長い付き合いになったんですけどね。
──映像をつくるときには、いつも音楽のイメージがあるんですか。
最初は、機械のこんな音がどうのこうのとか、自分の中にあるんですね。そういうイメージを投げて、返ってきたものに対して、また投げ返すという感じです。2~3回くらいのキャッチボールですね。実際映像をつくり込んでいくときは、スタートはビジュアルがメインですけど、音楽が入ってきてからは、音楽をどう活かすかっていうことを考えます。
──モチーフとして歯車が頻繁に出てきますが。
まず、マシンとか設計図とか、そういうビジュアルのイメージが好きなんですね。ただ、理解しろと言われると嫌で、時刻表とかは大嫌いです。自主制作の作品は、生命感を表現するというか、生きていることの自分なりのイメージを表現しているんですね。それで、心臓も鼓動ですし、シャクトリムシが進むのも、あるサイクルがありますよね。常にどんな生き物も、機械であっても、あるサイクルの繰り返しで、スパイラルで違うものになっていくっていう部分があると思うんです。歯車って、そのサイクルの最小単位みたいなイメージですね。えっと、これは今思いついて言ってるだけなんで、明日には違うこと言ってるかもしれないですけど。あと、コマ撮りするとき数えやすい(笑)。
──影響を受けたアーティストはいますか。
影響というか、本当に好きだとライバル視しちゃうんですね。まあ、好きなアーティストの基準で、どれだけクレイジーかっていうのがあります。スタンリー・キューブリックが好きなんですが、彼は人間の狂ってる部分とか、狂ってみたい願望とか、狂っちゃったらやだな、みたいなのを表現してると思うんですよ。自分の作品は、そういうのを表現できてないですけど。
──『快動力リアル』は、結構クレイジー感がありますけど。
あれは人間の精神のところまでは行ってないですね。どちらかというと衝動とか、脳というより脊髄どまりというか、反射神経の部分でしか表現してないんです。ストーリーの中で、そういうものが表現できたら面白いと思いますけど。
──ストーリー性のある長編をつくってみたいですか。
できたら素晴らしいと思いますけど、どうでしょうね。子供のころ絵を描けたりすると、漫画家を目指したりするじゃないですか。なんでアニメを志したかという要因のひとつに、お話書けないぞっていう意識があったんですね。作文の授業になると、1行書いたら止まっちゃって、上に漫画描いたり。『ロボットパルタ』ではお話つくってますから、今ではできるようになっちゃったんですけどね。
----ストーリーも含めてコラボレーションで作品をつくることに関して、どう思われますか
それは、仕事としてはあり得ますが、自主制作ではやりたくないですね。自分の作品を名乗るものに関しては、制約がなくなったなかで自分が何をできるのかっていうのを試す場でもあるので、そこで人の力は極力借りたくない。ストーリーもビジュアルも全部自分の中から出たものを自分の作品と呼びたいですね。
──手づくりにこだわっているのは、自分にそう課したからですか。
そうとも限んないですね。課したというか、自分にお呼びがかかるうちは、手づくりしなきゃいけないなとは思っています。ただ、楽できる部分はどんどんデジタルにしていったほうがいい。合成はデジタルのほうが楽だし。今のところ、縁の下の力持ちとして、デジタル技術やCGを使うっていう考え方です。
──現在進行中の作品について聞かせて下さい。
芭蕉の『冬の日』の全句に映像をつけるっていう、短編のオムニバス企画があるんです。参加アーティストもすごいので、僕自身、一観客として完成を楽しみにしています。
──将来的に温めてる作品はありますか。
温めてるとすぐ変わっちゃうんで、言うと嘘になっちゃうんですよ。ただ、作品に出演してくれたパフォーマーの方の舞台美術をお手伝いしたりするんですけど、そのときに思うのは、やっぱり人形って骨の動きを再現するのがメインなんですね。遅れてくる脂肪の動きとかは、パペットではあまりやってない。ですからテーマとしては、人間の動きを観察することによって出てくる面白い動きっていうのを、まだまだ勉強しなきゃいけないし、チャレンジすべきことはあるなって思っています。
| 1990 『パルサー』 | ||
| 1992 『フォーム・オブ・ストレス』 | ||
| 1994 『ロボットパルタ』 © 保田克史/NHK/NEP21 NHK教育プチプチアニメ枠で放映のパペットアニメ。 |
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| 1998 『快動力REAL』 | ||
| 2002 『THE BOWDA'S WORKS』 | ||
| tool | シリコンゴム・コピック等、型どりのための素材 | |
| artist | ティム・バートン、スタンリー・キューブリック、ヤン・シュワンクマイエル | |
| resource | 無し | |
| others | 無し |
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