
scope+橋本 典久
2003年、筑波大学芸術専門学群に在籍する稲葉 剛、植村 啓市、玉置 淳と、同大学技官である橋本典久によって結成。別の世界を覗かせてくれるような作品を作ろうということで、scope(~を見る機械)と命名された。これまでの展示実績は『CROSSING PATH(2003年10月、つくばセンター)』、『life-size(2004年4月、筑波大学芸術専門学群ギャラリーT+)』、「SCOPE展(2004年4月、INAXギャラリー2)」など。2006年には、越後妻有アートトリエンナーレに参加予定。
このような高い評価をいただきまして、大変嬉しく思います。ワークショップ形式で映像メディアの基礎であるピンホール・カメラから段階を追って教えながら、最終的には現代でも通用する強い表現を4人でゆっくりと時間をかけて模索してきました。基礎から学びつつ、ある段階まで来たら自分の表現メディアを創出する。学ぶだけでは何も生まれません。これからもさらなる創造を続けていきたいと思います。
この作品の贈賞理由は、視覚的新規性にある。人間と同じサイズの昆虫たち。これまで見たことがないくらい緻密に映し出された昆虫の皮膚や関節のその大きさのせいか?何故か、そのもののリアルとはちょっと違う。大きくリアルに人と同じ大きさに映し出されているにもかかわらず、そのもののリアルを感じずにちょっと違うリアルを感じる。この感覚のずれが作者たちの狙いなのだろうか!? もちろん現代のテクノロジーの粋を尽くしスキャニング拡大した静止画像は見事に美しい。この視覚的新規性が見るものの心を揺さぶるのだろう。
初めて「創作」を意識した時に、表現手法として使用した道具は何ですか?
橋本 典久/段ボール、カッター、はさみ、ガムテープ。
稲葉 剛/学研のニューブロック。
玉置 淳/クレヨンと紙。
植村 啓市/筆と墨汁。
稲葉 剛/学研のニューブロック。
玉置 淳/クレヨンと紙。
植村 啓市/筆と墨汁。
それは何歳の時で、何を創作しましたか?
橋本 典久/4、5歳くらい。家中段ボールのトンネルで繋げることがお気に入りでした。
稲葉 剛/5歳くらい。いろいろな形を作っては、壊していました。
玉置 淳/4~5歳のころ、人にほめられるのがうれしくて、いろいろなものを描いていたような気がします。
植村 啓市/高校3年生のとき。遊びで水墨画を描きました。
稲葉 剛/5歳くらい。いろいろな形を作っては、壊していました。
玉置 淳/4~5歳のころ、人にほめられるのがうれしくて、いろいろなものを描いていたような気がします。
植村 啓市/高校3年生のとき。遊びで水墨画を描きました。
今までの作品を通して、共通して持ち続けている理念やテーマは何ですか?
橋本 典久/いつの時代でも成立する力を持つこと。作者の説明抜きで成立する力を持つこと。
人間の精神を狭めるのではなく、広げる作用を持った作品を作ること。
前だけを見ないこと。
固定観念を持たないこと。
稲葉 剛/「アイディアは実現して初めて作品になる」という思いは常に持ち続けています。
玉置 淳/模索中です。ただ、「見た人が心地よいと思えるものを創りたい」と、いつも考えています。
植村 啓市/まだないです。今感じつつある段階なのだと思います。
人間の精神を狭めるのではなく、広げる作用を持った作品を作ること。
前だけを見ないこと。
固定観念を持たないこと。
稲葉 剛/「アイディアは実現して初めて作品になる」という思いは常に持ち続けています。
玉置 淳/模索中です。ただ、「見た人が心地よいと思えるものを創りたい」と、いつも考えています。
植村 啓市/まだないです。今感じつつある段階なのだと思います。
「テクノロジーとの接点」を感じる時は? また、メディアアートとアートの共通点/相違点は?
橋本 典久/テクノロジーと関わるのは、現代に生きる者としてごく自然なことであって、作家はいいものを作りたい一心で、自分に一番有利なテクノロジーを常に選択しているのだと思います。また、既存のアートと新しいアートとの“区別”は、新しい表現方法が登場すると必ず起こる現象で、それぞれが「一緒にしないでほしい」と思うことから起こるのでしょうが、“区別”するのではなく、両者がより上位の領域で融合していくべきだと思います。
稲葉 剛/手作業からコンピュータへ制作行程が変化した時にテクノロジーを感じました。 “メディアアート”と“アート”は本質的には同じだと考えていますが、相違があるとすれば時代性だと思います。
玉置 淳/特に意識したことはありません。また、メディアアートとアート、両者を分ける境界・意味が自分にはよく分かりません。
植村 啓市/使用している道具の精度や性能に限界を感じるとき。相違や共通点を考えたことはありません。考える必要性を感じなかったからだと思います。
稲葉 剛/手作業からコンピュータへ制作行程が変化した時にテクノロジーを感じました。 “メディアアート”と“アート”は本質的には同じだと考えていますが、相違があるとすれば時代性だと思います。
玉置 淳/特に意識したことはありません。また、メディアアートとアート、両者を分ける境界・意味が自分にはよく分かりません。
植村 啓市/使用している道具の精度や性能に限界を感じるとき。相違や共通点を考えたことはありません。考える必要性を感じなかったからだと思います。
現在使用している創作ツールは、自分の 作品にどんな表現をもたらしましたか?
橋本 典久/ここで問われている“創作ツール”には、はさみやカッターなどが含まれていないと想定すると、デジタルソフトウェアによって表現したい内容が影響を受けないようにしているので、特に思いあたることはありません。
稲葉 剛/手作業では時間のかかる実験を容易にし、様々な表現への試みを実現してくれたと思います。
玉置 淳/ツールは表現の手段を増やしてくれる。それ以上でもそれ以下でもないと思います。
植村 啓市/現在使用しているのは携帯電話とコンピュータです。携帯電話は非常に身近な存在なので、自然に自分の色が作品に出てしまうだろうという気がしています。
稲葉 剛/手作業では時間のかかる実験を容易にし、様々な表現への試みを実現してくれたと思います。
玉置 淳/ツールは表現の手段を増やしてくれる。それ以上でもそれ以下でもないと思います。
植村 啓市/現在使用しているのは携帯電話とコンピュータです。携帯電話は非常に身近な存在なので、自然に自分の色が作品に出てしまうだろうという気がしています。
自身のテーマおよびメディアアートは、時代と共に変わっていくと思いますか?
橋本 典久/人間は時代とともに変わっていくものだと思いますし、現在の地球環境、社会環境がバランスのとれた安定状態だとは到底思えません。人間の考える人間像が今まで絶えず変わってきたように、すべてが変わっていくものだと考えています。メディアアートという言葉すら、いつまで残るのか、予想もつきません。
稲葉 剛/変わっていくと思います。時代を経ることで可能になることが増えていくからです。
玉置 淳/存在するものは常に変化し続けていきます。なので、自分が創作を続けていく限り、そして、アートというものが存在し続けていく限り、それらは変化し続けていくのだと思います。かたち、概念、名前などが、さまざまに変わりながら。
植村 啓市/テーマが変わっていくのかどうかはまだわかりません。メディアアートは変わっていくんじゃないかと思います。できることが変化すれば、それによって生み出せるものも変化するだろうという単純な理由です。
稲葉 剛/変わっていくと思います。時代を経ることで可能になることが増えていくからです。
玉置 淳/存在するものは常に変化し続けていきます。なので、自分が創作を続けていく限り、そして、アートというものが存在し続けていく限り、それらは変化し続けていくのだと思います。かたち、概念、名前などが、さまざまに変わりながら。
植村 啓市/テーマが変わっていくのかどうかはまだわかりません。メディアアートは変わっていくんじゃないかと思います。できることが変化すれば、それによって生み出せるものも変化するだろうという単純な理由です。
最も得意とする表現方法は? また、作品が社会に与える影響はどうあると思いますか?
橋本 典久/発見による意識世界の拡張。
人はすぐに「これはこういうものだ」と、理解したつもりになってしまうものです。
「本当にそうなの?」と言うことはできても、「ほら、違うよね」と言える人はそれほどいないのではないでしょうか。
稲葉 剛/作品の意図を明確にすること。作品を見た人が何らかの思いを持ってくれたら、それだけで影響力はあると思います。
玉置 淳/自分の表現手法も、居場所も、これから探していきたいと思います。
植村 啓市/自分の気持ちを整理するためにやっているようなものなので、影響力はほとんどないと思います。
稲葉 剛/作品の意図を明確にすること。作品を見た人が何らかの思いを持ってくれたら、それだけで影響力はあると思います。
玉置 淳/自分の表現手法も、居場所も、これから探していきたいと思います。
植村 啓市/自分の気持ちを整理するためにやっているようなものなので、影響力はほとんどないと思います。
座右の銘は?
橋本 典久/「諸行無常」
稲葉 剛/「自己」
玉置 淳/「その時、その場所で、自分のできうる精一杯を」
植村 啓市/「急がばまわれ」
稲葉 剛/「自己」
玉置 淳/「その時、その場所で、自分のできうる精一杯を」
植村 啓市/「急がばまわれ」
どんなときにインスピレーションを感じることが多いですか?
橋本 典久/特定の状況下ではなく、突然やってくるようです。
眠りに入る直前にひらめきがあって、目が覚めることもあります。
稲葉 剛/人との会話。
玉置 淳/考えるのに疲れた、何気ない一瞬。また移動中やお風呂に入っているとき、「寝ようかな」と思ったときなど。
植村 啓市/散歩中。
稲葉 剛/人との会話。
玉置 淳/考えるのに疲れた、何気ない一瞬。また移動中やお風呂に入っているとき、「寝ようかな」と思ったときなど。
植村 啓市/散歩中。
今後の活動展開についてのビジョンは?
橋本 典久/私には「メディアを作っている」という意識が常にありました。このメディアを使えるのは今のところ私だけなのですが、独り立ちできたときに、やっと本当のメディアになるのだと思います。そこで生まれたものすべてを私の作品と呼びたいと思っています。
稲葉 剛/具体的なビジョンはありませんが、常に前へ進みたいと思っています。
玉置 淳/未来のことは見えません。ただ、「何かを創り出す」ことには、ずっと関わっていきたい。
植村 啓市/しばらくの間は、できるだけ自分に近いものをひとつ作りたいと思っています。
稲葉 剛/具体的なビジョンはありませんが、常に前へ進みたいと思っています。
玉置 淳/未来のことは見えません。ただ、「何かを創り出す」ことには、ずっと関わっていきたい。
植村 啓市/しばらくの間は、できるだけ自分に近いものをひとつ作りたいと思っています。
あなたが影響を受けたモノ、ひとは?
橋本 典久/
・赤瀬川原平
名古屋の赤瀬川原平展で『宇宙の缶詰』を見た時のショックは忘れられません。それまでの芸術に対する“教わっただけ”の固定観念が、ガラガラと崩れていくのを体感しました。
・ルネ・マグリット
固定観念をあざ笑うかのような軽やかさに惹かれました。
・水木しげる
戦争下における苦境においても本来の自分を見失わなかったという事実に圧倒されます。
・スタンリー・キューブリック
時代を軽々と超越する力を感じます。
・岩井俊雄
アートに昇華させる力を感じます。
稲葉 剛/
・兄
兄がいなければ、芸術の世界に入らなかったかもしれません。
・scope
グループワークの良さ、悪さを知ることができました。
・友人たち
普通の人たちが経験しないような体験を共有し、面白い時間と空間を与えてくれます。
・両親
親がしっかりしているからこそ、いい加減な子どもでもちゃんとした道に進むことができました。
・マンガ
今ある自分の人格の8割を構成しています。
玉置 淳/
・東京
20歳まで過ごした街の空気、近くにあった多摩川の空気の感触。その記憶は、その場所を離れてしまった現在、自分が創作するうえで、特に欠かせないものであることは間違いないです。
・本
小さなころから好きだった読書は、自分の知らなかった世界やモノを数多く見せてくれました。
・筑波
今まで出会った数多くの人、モノ、コトに、自分は大きな影響を受けてきました。特に、筑波に来て“創る”ということを教わり、さまざまなことを経験させてくれた「scope」という場所は、かけがえのないものです。
植村 啓市/
・映画
いくつかの映画に強烈に魅せられた結果、まわりまわって現在の自分がいます。
・Mr.Children
いろいろな面で、とても影響されたミュージシャンです。
・河口龍夫
芸術を最初に見せてくれた先生です。尊敬しています。それまでは芸術のおもしろさに気づいていませんでした。
・教育・学校
なぜなのかはうまく言うことができません。ただ「制度」としての学校は自分のルーツのひとつなのかな、とは思っています。
・scope
05年春まで、ともに活動していたユニットです。ユニット単位で動くなかで多くのしんどい思いをしましたが、多くの事を得ました。とても貴重な経験です。
・赤瀬川原平
名古屋の赤瀬川原平展で『宇宙の缶詰』を見た時のショックは忘れられません。それまでの芸術に対する“教わっただけ”の固定観念が、ガラガラと崩れていくのを体感しました。
・ルネ・マグリット
固定観念をあざ笑うかのような軽やかさに惹かれました。
・水木しげる
戦争下における苦境においても本来の自分を見失わなかったという事実に圧倒されます。
・スタンリー・キューブリック
時代を軽々と超越する力を感じます。
・岩井俊雄
アートに昇華させる力を感じます。
稲葉 剛/
・兄
兄がいなければ、芸術の世界に入らなかったかもしれません。
・scope
グループワークの良さ、悪さを知ることができました。
・友人たち
普通の人たちが経験しないような体験を共有し、面白い時間と空間を与えてくれます。
・両親
親がしっかりしているからこそ、いい加減な子どもでもちゃんとした道に進むことができました。
・マンガ
今ある自分の人格の8割を構成しています。
玉置 淳/
・東京
20歳まで過ごした街の空気、近くにあった多摩川の空気の感触。その記憶は、その場所を離れてしまった現在、自分が創作するうえで、特に欠かせないものであることは間違いないです。
・本
小さなころから好きだった読書は、自分の知らなかった世界やモノを数多く見せてくれました。
・筑波
今まで出会った数多くの人、モノ、コトに、自分は大きな影響を受けてきました。特に、筑波に来て“創る”ということを教わり、さまざまなことを経験させてくれた「scope」という場所は、かけがえのないものです。
植村 啓市/
・映画
いくつかの映画に強烈に魅せられた結果、まわりまわって現在の自分がいます。
・Mr.Children
いろいろな面で、とても影響されたミュージシャンです。
・河口龍夫
芸術を最初に見せてくれた先生です。尊敬しています。それまでは芸術のおもしろさに気づいていませんでした。
・教育・学校
なぜなのかはうまく言うことができません。ただ「制度」としての学校は自分のルーツのひとつなのかな、とは思っています。
・scope
05年春まで、ともに活動していたユニットです。ユニット単位で動くなかで多くのしんどい思いをしましたが、多くの事を得ました。とても貴重な経験です。
![平成16年度[第8回]文化庁メディア芸術祭 平成16年度[第8回]文化庁メディア芸術祭](/festival/images/no08.gif)
![平成11年度[第3回]文化庁メディア芸術祭 受賞作品 平成11年度[第3回]文化庁メディア芸術祭 受賞作品](/festival/images/h1_jusyousakuhin2004.gif)








