第11回文化庁メディア芸術祭では、「SIGGRAPHエレクトロニックシアター」の完全版を日本ではじめてハイビジョンシアターで上映しました。今回は、このとき特別講演を行なった、SIGGRAPH2007アニメーションフェスティバル・チェアであるポール・デベヴェック氏に、CGの研究や映画産業の今後の展望などについて、映像クリエイターの大口孝之氏がインタビューしました。
ポール・デベヴェック(SIGGRAPH2007アニメーションフェスティバル チェア)
http://www.debevec.org/
デベヴェック氏は現在、南カリフォルニア大学クリエイティブ・テクノロジー研究所のCG研究センターで準教授を務め、イメージベースと呼ばれる、モデリングおよびレンダリング、ライティング技術を開発された先駆者として世界的に有名です。デベヴェック氏が考案した技術は、いまや世界のCG界にはなくてはならない存在になり、特にリアリスティックな映画のVFXには必須のテクニックになっています。最近は新しいタイプの立体ディスプレイといったハードウェアの分野でも、注目度の高い発表を行なっています。
――大口孝之:どうしてCGの研究を始めようと思ったのですか?
ポール・デベヴェック:子どものころ、学校で好きな授業だったのは数学と美術でしたが、その当時は質の高いグラフィックに対応したコンピュータを家庭で入手するのは不可能でした。その後、イメージを作成するために数学を利用することができると考え、Commodore VIC-20(*1)とCommodore64(*2)を入手(新聞配達のアルバイトをして購入)しました。ここでようやく、私の好きなふたつの分野が組み合わさったのです。
――大口:イメージベースのテクノロジーという概念は、どのようにして思いつかれたのですか?
デベヴェック:影響を受けたのは、あるとき両親がモノクロ写真を現像する暗室をつくったことですね。私も写真に興味をもつようになり、高校では卒業アルバムの写真スタッフに参加し、最終的には学校新聞とアルバムの両方の写真編集者になりました。CGで遊んでいるうちに、コンピュータ上の写真を何らかの形でいじることに自然と興味を覚えるようになりました。幸いなことに、そうしたことを行なえるような、ビデオをデジタル化するデバイスをすぐに手に入れることができました。デジタルカメラが発売されると、私はすぐにそれを駆使したCGをつくりはじめました。自在に操れて、とてもおもしろい技術を組み合わせることができ、それがイメージベースという発想につながりました。それはまさに、写真と数学を利用してアートをつくり出すということです。
――大口:その研究を始められたのは、カリフォルニア大学バークレー校のときですか?
デベヴェック:その少し前からいくつかのアイデアはもっていました。私はミシガン大学の学部生で、CGの研究に興味がありましたが、そこはCGを専門にしていませんでした。その代わりミシガン大はコンピュータビジョン(以下CV)(*3)の分野が非常に活発だったので、大学2年生のときに、大学院レベルのCVのクラスを受講しました。CVでは、イメージを生成する代わりに、イメージを分析し、場面の配置や反射率、動きなどを解明することを目標としています。配置や反射率、動きの記述をもとにイメージを生成するCGとは本質的に反対なのです。当時は、イメージからモデルを展開するためにCVを用いることは自然に思えましたし、後にこれがCGでイメージを作成することに活用できました。
――大口:つまり、CGとCVの分野を融合させるという発想を得たのですね?
デベヴェック:そうですね。CVの結果を取り込んで、CGで新たなイメージをつくり出すというアイデアです。これを実証するために、自分の車(古いシボレー)の写真を使って、1991年当時としては写真のように驚くほどリアルな3DCGのモデルをつくったのです。これがイメージベースド・モデリングの初期プロジェクトのひとつになりました。この経験のおかげで、大学院時代にこの分野でよいスタートが切れたのです。
――大口:ポールさんが「ライトステージ」の論文“Acquiring the Reflectance Field of a Human Face”をSIGGRAPH 2000で発表されたとき、私はこれが実際に応用されるのは、すいぶん未来のことだろうと考えていました。しかし、予想以上に早く『スパイダーマン2』(2004) や『スーパーマン リターンズ』(2006)などの作品に応用されましたね。技術の進歩は早いものだと思いましたが、ポールさんはどう感じられましたか?
デベヴェック:わくわくしましたね。新しい研究プロジェクトを始めるとき、それが世の中にインパクトを与えるかどうかは決してわかりませんし、実用化までどのくらい時間がかかるのか検討もつきません。しかし経験から言えることは、自分が制作に関わったよりよい研究アイデアは、たいてい3、4年以内には劇場映画に使われていますね。またハリウッドは、つねに最先端の技術を導入しようとするので、とてもおもしろい世界なのです。そして、ハリウッドはそれをやるだけの人材も力ももっています。夏に映画を公開して大ヒットを狙うには、映画監督や視覚効果を担当するアーティストたちは、いままで以上の斬新な何かをしなければなりません。だからこそ、どこよりも映画産業において、新しいCG技術が最初に使われるのです。
――大口:映画業界の人たちは、つねにアンテナを張っているのですね。
デベヴェック:そうです。映画産業にはどこよりも優秀な人が働いていて、彼らは研究論文を書くとすぐさま映画に採用します。たとえば、私はイメージベースド・ライティングの論文“Rendering Synthetic Objects into Real Scenes”を1998年に発表しましたが、その技術は2000年の『X-メン』に応用され、この素早さには何よりも驚きました。


こういう反応があるから『The Campanile Movie』(1997)や『Fiat Lux』(1999)などの短編映像を制作してきたのです。こうした作品を見せたことで、「小規模なプロジェクトでこれほどの成果が得られるのなら、長編映画にこの技術を使えば、もっとすごいことができるかもしれない」という認識をもってもらえたのだと思います。
それからハードウェアに関しても、私はハイ・ダイナミックレンジ・イメージング(HDRI)のデモ映像『Rendering with Natural Light』を、1998年に発表していました。2002年にATI社は、HDRI機能をもったGPUのRADEON 9700を開発し、この映像をリアルタイムで再現してみせたのです。これには本当にわくわくしました。
――大口:SIGGRAPH 2007の展示会で、ライトステージが実際の製品として発表されていましたが、この商品開発にはたずさわっていらっしゃいますか?
デベヴェック:あれは私たちの技術の成果で、Aguru Images社が南カリフォルニア大学からライセンスを受け、AGURU DOMEという名称で市販しています。同社は、あとふたつの製品も展示していましたが、ひとつは私たちの技術で、もうひとつはニューヨーク大学が開発したものです。Aguru社は、正確なリフレクタンス(反射強度)をコンピュータ処理のモデルに取り込むことの必要性に気づき、そのための商品を提供しようとしているのです。私は彼らと協議していますし、ビジネスが成功することを願っています。
――大口:私が個人的に、ポールさんのお仕事で一番気に入っているのは、古代ギリシャのパルテノン神殿を復元するプロジェクト「The Parthenon」(2004)ですが、今後、ほかの古代建築を復元する計画はあるのでしょうか?
デベヴェック:「The Parthenon」プロジェクト(*4)には断続的に約4年間取り組み、2004年のアテネオリンピックの年に終えました。あのプロジェクトのために、精力的に多くの技術を開発し、研究のモチベーションとなりました。今日、我々が開発中の「人の顔の高解像度認識システム」で使っている技術のいくつかは、「The Parthenon」を制作しているときに開発された技術から生まれています。
じつは、私たちのデータをもっとも適した形で使えたのは、NHKの美しい番組(*5)でした。「The Parthenon」プロジェクトの映像は、その後もパリのルーブル美術館における展覧会でも使用されましたし、つい2週間前に放送された米PBSテレビの科学番組「NOVA」(*6)でも使われていました。プロジェクトの終了後は、関係した方々にデータセットのライセンスをお渡ししました。現在は、別の遺跡を復元する計画はもっていません。いつか同様の計画に参加するかもしれませんが、私たちが手がけたことが、文化遺産の分野に関わっているほかの研究者の役に立ってくれたらうれしいと思っています。
たとえば、凸版印刷のVRシアターやその展示を東京国立博物館(*7)などでご覧になったことがありますか? 凸版印刷は、私たちの作品のスポンサーの一社でしたが、いま、文化遺産の遺跡のモデリングで、最高にすばらしい仕事をしています。彼らは私たちの技術を使うことに興味をもっていて、凸版印刷からインターンのポストをいただきました。私たちの技術は、彼らのプロジェクトに応用され、いま以上に進んだものにできると確信しています。
*1 Commodore VIC-20は、米コモドール社が1980年6月にリリースした8bitパーソナルコンピュータ。
*2 Commodore64は、米コモドール社が1982年8月にリリースした8bitパーソナルコンピュータ。64KバイトのRAMを搭載していたので、この名称がつけられた。
*3 コンピュータビジョンとは、カメラで撮影した画像から、被写体となった対象の世界がどうなっているのかを分析する技術。
*4 2004年当時、パルテノン神殿は修復中で、建築足場やクレーンなどが周囲を囲っていた。デベヴェック氏のチームは、神殿の画像を大量に撮影し、イメージベースド・モデリングやイメージベースド・レンダリングの技術を用いて、工事が完了した状態を描いた。またそれだけではなく、19世紀にイギリスの外交官が神殿から切り取って大英博物館に収めた彫刻群「エルギン・マーブルズ」(Elgin Marbles)を元の位置に(デジタルで)戻し、さらにわずかに残った顔料から、建設当時の色彩を再現するという試みも行なった。
*5 2004年8月に、NHK BS1とBSハイビジョンで放送された「よみがえるパルテノン神殿 史上最大の修復が明かす・古代ギリシャ文明」という番組内で紹介されている。
*6 2008年1月に放送された「NOVA: Secrets of the Parthenon」のこと。4月末には米国でDVDが発売予定。
*7 東京国立博物館と凸版印刷が共同で東京国立博物館資料館内に開設した、「TNM & TOPPANミュージアムシアター」のこと。240インチのスクリーンに、フルハイビジョンの約4倍となる4K解像度のプロジェクターで、文化財と文化遺産の体験を提供する。
![平成19年度[第11回]文化庁メディア芸術祭 平成19年度[第11回]文化庁メディア芸術祭](/festival/images/no11.gif)



