平成20年度[第12回]文化庁メディア芸術祭 シンポジウムレポート

[テーマシンポジウム] テクノロジーが支える日本のメディアアート

テーマシンポジウム「テクノロジーが支える日本のメディアアート」には、筑波大学大学院教授の岩田洋夫氏、科学技術振興機構さきがけ研究者の橋本典久氏、東京都現代美術館学芸員の森山朋絵氏の3氏が参加。アート部門審査委員である東京大学大学院教授の原島博氏を司会に迎え、日本におけるアートとテクノロジーの関係と、メディアアートを取りまく環境について語りあいました。

日 時2月9日(月)
16:00~17:30(国立新美術館3F講堂)
出 演原島 博(アート部門審査員/東京大学大学院教授)
岩田 洋夫(筑波大学大学院教授)
橋本 典久(科学技術振興機構さきがけ研究者)
森山 朋絵(東京都現代美術館学芸員)

世界が注目する、日本のメディアアート

© HASHIMOTO Norihisa
© HASHIMOTO Norihisa

原島:まずは、日本を代表する専門家である3氏にお話を伺いながら、日本のメディアアートの全体像をつかんでいきましょう。橋本さんは、文化庁メディア芸術祭アート部門で、2003年に『パノラマボールとゼログラフ 映像メディアの別の進化論』で優秀賞、2004年に『life-size』で奨励賞の受賞歴があります。つくり手の立場から、メディアアートについて語っていただけますか?

橋本:メディアを信頼しないと、アート作品はつくれません。たとえば、石を彫る人たちは石という物質のことを信頼して、“自分が死んでも作品は残るんだ”という強い思いで石を叩く。木彫家には、“木のなかにもともと作品があって、自分は手伝いをしているだけだ”と表現する方もいます。僕は映像をやるために大学に入り、そこで当時最先端のビデオカメラに接したのですが、画質にどうしても納得できませんでした。つまり、信頼すべきメディアがなかったので、自分で表現メディアを創出する必要があったんです。これが、『パノラマボール』を制作するきっかけになりました。

原島:既存のメディア上でどう表現するか、というものではなく、“メディアも一緒につくってしまう”のがメディアアートということですね。続いて岩田さん、ご自身の研究内容から、日本のメディアアートの特徴について語っていただけますか?

岩田:私が研究している“デバイスアート”は、テクノロジーを目に見える形でアートにしていくメディアアート作品のことで、これには3つの特徴があります。まず第1にデバイス自体がコンテンツである。第2に作品がプレイフルである。そして第3に道具への美意識がある。いずれも従来の西洋芸術にはなく、世界的にも注目が集まっています。

原島:“世界から見た日本のメディアアート”という点で、キュレイターとして数々の展覧会を運営されてきた森山さんは、どんな感想をお持ちですか?

森山:日本のメディアアートは“よく機能するオブジェ”という印象があり、国際審査の場では“社会的なメッセージに欠けている”と揶揄されることも少なくありません。いっぽうで、人間と機械がどのようにインタラクションするかがよく考えられており、テクノロジカルなプロダクトが日常生活に取りいれられていることが、高く評価されていますね。

日本独自の文化“工芸”と、メディアアートの関係

原島:日本人にとっては当たり前のことが、世界から見ると非常におもしろい。森山さん、たとえば江戸時代まで、日本に美術館というものはあったのでしょうか?

森山:一般的なものは、なかったと思います。

原島:つまり、日本のアート作品というものは、日常生活のなかに置かれてきた。襖絵を想像するとわかりやすいと思いますが、美術館で観るような特別なものではなく、自然に工と芸が一致していたんです。“工芸”という言葉は、当たり前に使われているけれど、日本独自の文化ですよね。

森山:岩田さんがおっしゃった、“デバイス自体がコンテンツである”というデバイスアートのマニフェストが、日本的な考え方を端的に表わしていると思います。古くから技術と芸術が結びついていた日本は、メディアアートを創作する上で、非常に理想的な環境なのではないでしょうか。

原島:“デバイスアート”という言葉は、“デジタル工芸運動”と置きかえるとわかりやすいかもしれないですね。

岩田:まったくその通りで、デバイスアートというのは工芸ですね。これは、欧米人の感覚からすると非常にショッキングな言葉なんです。つまり、“デバイスはアートになりえない”。西洋のアートの歴史は絵画や彫刻から始まりましたが、日本では壷や茶器から始まっています。こういうところが、決定的な違いなのではないかと思います。

原島:いっぽうで、科学技術そのものにも、本来的にアート的なものが内包されている気がするのですが。

岩田:“サイエンステクノロジー”の定義は、実は分析系なんですね。つまり、対象を分析して真理を発見するというのが、科学の基本的なスタンスになった。それ以前は、つくることと分析することが、まぜこぜになっていたんですね。いまは分析するほうが伸びて、表現するほうが隠れてしまっています。この状況をなんとか変えたいな、とは思っています。

センスをアピールするよりも、衝撃的な作品を

原島:これまで、日本におけるアートとテクノロジーの結びつきや、その魅力について話してきました。いっぽうで、今後のためにも、日本のメディアアートが抱える問題についても言及しておきたいと思います。

橋本:僕は完全に芸術系からメディアアートの分野に入っているのですが、最近は、工学系の方からのアプローチが増えてきています。それ自体は喜ばしいことですが、そういう方々が本当にアートをやりたいのかどうかというのが、わからないときがあります。しかし、彼らにはすばらしい知識があるので、新たなアプリケーションをどうやってアートにつなげるかという点で、アーティストや芸術系の学校とうまく協力することができれば、よりすばらしい作品が生まれると思うのです。

原島:そうしたなかで、どんな作品が求められていくのでしょうか?

森山:メディアアートは、内容も理解もカテゴリーも、どんどん移りかわっていくでしょう。ただ、ひとつ言えるのは、現代美術の領域においては、テクノロジーのクオリティと、アートとしてのポテンシャルが共存した作品が求められているということ。小説家の平野啓一郎さんは、“野獣派(フォーヴィスム)など、過去に確立された美術様式の名称は、当時いわれていた悪口に由来している”といいます。メディアアートにおいても、もっと私たちを驚かせるような作品が出てくることに期待したいですね。

原島:確かに、日本のメディアアートには、小さくまとまった“センスがいいでしょ?”という作品が多いかもしれません。“暴力的”というと言葉は悪いと思いますが、もっと衝撃的で、勢いがある作品が出てくるとすばらしいですね。本日はありがとうございました。

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