平成21年度[第13回]文化庁メディア芸術祭 アート部門 審査講評

部門総評

佐藤 卓(アート部門主査/グラフィックデザイナー)

今年のアート部門の出品総数は前年比約15パーセント増。傾向としては、海外からの応募が昨年よりやや増し、中国からの応募が特に増えて昨年の3点から68点になるなど、国ごとの勢いが数字からもうかがえる。興味深いのはそれまで1点の応募もなかったキューバ、クロアチア、ウクライナ、エクアドル、スリランカ、パキスタンなどからの応募があることだ。このような傾向は、作品が生まれる社会的、文化的背景をどこまで理解して審査できるかという難しい問題を浮き彫りにする。そして毎年議論になっていることとして、インスタレーションやインタラクティブ作品も、映像というメディアを使って審査を受けなければならないという、時間的、空間的、経済的な審査自体の限界である。インスタレーションはその場の空間も含めて作品であるから、本来は体験してみないとわからない。メディアアートをどのように審査すればいいかという難しい議論もしながら、今年の審査が行われたことをここに記しておきたい。審査については、多様性、時代性、クオリティ、新しさ、プロセスなどを討議しながら、賞の決定まで進んだ。決定した賞を、ジャンル別に見るとおわかりいただけるように、今年は特に静止画でほかのジャンルに比べて特別に秀でているものに出会えなかった。それに対してインタラクティブ、インスタレーション、映像のジャンルでは受賞作以外にも素晴らしい作品が多かったのが印象的だった。

ジャンル講評

岡崎 乾二郎(近畿大学国際人文科学研究所教授)

メディアアートはいまだ表現ジャンルとしては確定されていない。文化を構成するのは、ことごとくメディアだからだ。メディアアートの呼称が必要となるのは、既存メディアへの批判(既存の使用方法、機能を再考させ、新たなメディア構築の可能性を示す)を含むためである。したがってメディアアートにとって先端的メディアやテクノロジーの使用は十分条件ではない。その表現がメディアとして(既存メディアを超えた)いかなる関係、機能を産み出し、新たな時間、空間を組織するか、それこそが問われる。これは現在の社会的要請(必要性)を一歩先んじるゆえに芸術であり、また、そこでこそ芸術は公共的価値をもつといえる。単なる技術的洗練は審美的に評価されるだけなら、かえって弊害となる。たとえば非線形などの概念を弄し、アルゴリズムを駆使し自然生成を模写しても、自然のうつろいを愛でる美学に帰着するなら最新技術は必要ない。伝統的な庭で事足りる。

 

四方 幸子(メディアアート・キュレイター)

作品の完成度や現代におけるアクチュアリティに加え、「複数のメディアをかつてないかたちで創造的に連結しているか」「既存の価値観でとらえられない、未知で未分化である作品をどのように評価するか」をことさら意識した。後者はアーティスト自身が無自覚であっても、そこから人々に新たな意識や解釈、関係を生じさせうる可能性を読み取れるかどうかを審査する側が自問することになる。インタラクティブ、インスタレーションでは身体が介在するもの、アナログの非線形的現象や仮想現実を扱うもの、環境や生命科学にユーモラスな批評性で挑むものなどいくつかの傾向が見られた。いずれも予定調和から距離をとり、むしろ現象が生起し展開するプロセスを重視するものといえる。そのなかで、ひとつの現象の提示に終わるのではなく、バーチャルなシステムとの連結や複数のシステムを連結・共有するなど、異質なものとの出会いや新たな位相に作品を開いていくものに注目した。

 

関口 敦仁(情報科学芸術大学院大学(IAMAS)学長)

審査では身体性や社会的な仕組みもメディアとしてとらえる表現や、今後のメディア芸術がプロダクトとどのように折り合いをつけていけば良いのかといった作品が目に留まった。Web作品群では、コンテンツを共有するだけのプラットホームとした利用法だけではなく、クリエイティビティを共有するための新しい環境を提供しようとするものもあり、面白いアプローチがあった。これらの作品は物質性や物語性で完成された作品と異なるアプローチであり、異なる表現性の提示ながら評価はされにくい。このような新しい試みは魅力のあるものだったが、アート部門の審査ではメディア表現の新規性を肯定しても、芸術作品としての物質性や物語性での技術と完成度があれば、この点を評価するのは自然なことであろう。その一方で表現する可能性の芽を摘まないように、今後はこれらの新しいメディア表現の方向性について評価できるカテゴリーが必要なのではないだろうか。

 

辻川 幸一郎(映像作家)

映像とメディアアートは相性がよくないのではないか。映像は他の何よりも不自由なメディアだ。決められた時間で一方向に鑑賞しなければならないし、入力に反応するような気の利いた仕掛けもできない。展示方法もスクリーンやモニターなどのありふれた規格にあわせるしかなく、それらは単に微発光する平面でしかない。などと考えていたのだが、予想に反して国内外から多数の作品が応募されており、選考も楽しめた。これは制作過程において、前述した不自由さに自覚的にならざるをえないことそれ自体が、問題意識として作品に強度を与えるためだろう。テクノロジーの進化による双方向性や身体拡張性などの全能感を無条件で賛美する作品よりも、メディアの不自由さや限界について取り組む感性の方に、より共感できるものがあった。受賞作である『SEKILALA』は、映像の中で最も制度的な、映画手法の解体と再構築に取り組んだ、意欲的な作品であった。

審査委員

佐藤 卓(グラフィックデザイナー)

佐藤 卓グラフィックデザイナー。「ニッカ・ピュアモルト」の商品開発から始まり、「ロッテ キシリトールガム」「明治おいしい牛乳」などの商品デザインを手がけるほか、「金沢21世紀美術館」「国立科学博物館」等のVIデザイン、NHK教育テレビ『にほんごであそぼ』の企画・アートディレクション、東京ミッドタウンにある21_21 DESIGN SIGHTではディレクターを務めるなど、活動は多岐にわたる。

岡崎 乾二郎(近畿大学国際人文科学研究所教授)

岡崎 乾二郎1955年東京都生まれ。造形作家、批評家。82年「パリ・ビエンナーレ」招聘以来、数多くの国際展に出品し、2002年にはセゾン現代美術館で大規模な個展を開催。また同年の「ヴェネツィア・ビエンナーレ第8回建築展」(日本館ディレクター)や、現代舞踊家トリシャ・ブラウンとのコラボレーションなど、常に先鋭的な芸術活動を展開している。主な著書に『ルネサンス 経験の条件』(筑摩書房)、『れろれろくん』(ぱくきょんみとの共著、小学館)などがある。近畿大学国際人文科学研究所副所長教授。

四方 幸子(メディアアート・キュレイター)

四方 幸子京都府生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]特別学芸員、東京造形大学特任教授、多摩美術大学客員教授。「トランスメディアーレ(ベルリン)」「ISEA2010.RUHR」国際諮問委員。メディア横断的に20世紀から現代の情報環境におけるアートの可能性を研究、そのかたわら数々の展覧会やプロジェクトを実現。主なプロジェクトに「アモーダル・サスペンション」(山口情報芸術センター)、「MobLab」 (モブラボ実行委員会)、展覧会に「オープン・ネイチャー」、「ライト・[イン]サイト」、「ミッションG:地球を知覚せよ!」展(ICC)など。

関口 敦仁(情報科学芸術大学院大学(IAMAS)学長)

関口 敦仁1958年東京都生まれ。東京芸術大学美術学部卒業および大学院修了。80年より美術作家として絵画やメディアインスタレーションを主に発表。96年より岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー教授、2001年より情報科学芸術大学院大学教授を務め、現在、同大学(IAMAS)学長。メディア芸術や情報デザインでの活動のほか、美術情報学、芸術史、伝統芸術、考古学のアーカイブ表示研究などをしている。作品に「地球の作り方」「景観シリーズ」など。著書に『デジタル洛中洛外図屏風[島根県美本]』(淡交社・共著)などがある。

辻川 幸一郎(映像作家)

宮島 達男フリーのグラフィックデザイナーとして活動をはじめ、友人のミュージシャンのMV制作を頼まれたことから、映像制作をはじめる。現在ではCM、MV、ショートフィルムなどの映像作品を中心に、Webやグラフィックなどの企画などさまざまなジャンルで国内外問わず制作中。これからも。

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