海外フェスティバルレポート

ARS ELECTRONICA 2008 レポート

オーストリアの小都市・リンツで毎年開催されている「ARS ELECTRONICA」は、ヨーロッパ最大のメディアアートのフェスティバルです。INFOWAR、NEXT SEX、CODE、TIMESHIFT、HYBRIDなど、毎回、時代を反映したテーマが設けられ、アートやテクノロジーのみを対象にするのではなく、社会との関わりに大きな比重を置いていることが、このフェスティバルの魅力です。
29回目を迎える今年のテーマは「NEW CULTURAL ECONOMY - The Limits of Intellectual Property(新しい文化経済:知的財産権の限界)」。メディア芸術祭の受賞者が活躍した今年のフェスティバルのようすをレポートします。

開催地 オーストリア・リンツ
会場 リンツ各所
開催期間 2008年9月4日(木)~9月9日(火)
URL http://www.aec.at/en/

■メディアアートでリンツ市をアピールしたオープニング

オープニングの挨拶を行なうゲルフリート・シュトッカー氏

今回のテーマである 「A New Cultural Economy - The Limits of Intellectual Property(新たなる文化経済 - 知的財産の限界)」は、高度に情報化した社会がもたらす新たなリアリティに対して、実践的かつ効果的なルールや統治するための規制が欠如している事実を認識し、新たな実践領域を創出する必要性を訴えています。クリエイティビティとイノベーションに基づいた新しい経済システムの樹立を望む社会の実現へ向けた提言といえるでしょう。展示作品には、こうした新たな社会のなかにおける個としてのアイデンティティの確立と、その方法論への作家なりの回答が顕著に見られました。

開催初日の9月4日には、フェスティバル・ディレクターであるゲルフリート・シュトッカー氏が各会場を回ってオープニングの挨拶を行ない、スタッフによるガイドツアーが催されました。また、市長の開会宣言とともにオープンしたAltes Rathaus(旧市庁舎)の「All of Linz - A Group Photo from Above」では、高度1000メートルから撮影されたリンツ市の精彩な写真が床と壁の一面に貼られたインスタレーションが展示されました。

さらにこの日、リンツ市の地理や人口データが立体的に体験できるインスタレーション作品『Linz Changing』も披露されました。1824年以前から現在までのリンツ市の地理的なデータが含まれており、リンツ市の地理的変遷を歴史的に俯瞰することができます。この作品は、リンツの都市計画を行なう際に、市民へのプレゼンテーションツールとなるだけでなく、意見を交換するためのコミュニケーションツールとしての役割も担っているそうです。

『Linz Changing』オープニング

『Linz Changing』オープニング

『Linz Changing』デモのようす

『Linz Changing』デモのようす

『campus 08』オープニングで挨拶をするゲルフリート・シュト

「campus 08」オープニングで挨拶をするゲルフリート・シュトッカー氏

『Tablescape Plus』の筧康明さん

『Tablescape Plus』と筧康明さん

今回、ハウプト広場にあるリンツ大学のCampus08「Hybrid Ego - Toward A New Horizon of Hybrid Art」では、東京大学の研究者や作家が作品を展示しました。アートとテクノロジーの融合を体験できるさまざまな作品は、集まった来場者の興味をひきつけ、楽しみながら鑑賞する姿が非常に印象的でした。文化庁メディア芸術祭で高い評価を得た筧康明さんの『Tablescape Plus』は、新しい光学技術を用いた作品で親しみやすく、どこの国に行っても人気です。会場内では、文化庁メディア芸術祭の学生受賞作品上映展「Animation Next」も行なわれました。

■テレビ放送もされるショーアップされた受賞式

9月5日にドナウ川河畔にあるブルックナー・ハウスで行なわれた受賞式「GALA」は、テレビ放送されるということもあり、カジュアルでありながらもショーアップされたものでした。各部門ごとに贈られる、「Golden Nica(大賞)」、「Awards of Distinction(優秀賞)」、「Honorary Mention(奨励賞)」のほか、今年から「Media Art Research Award」とよばれる、研究活動やリサーチプロジェクトに与えられる賞も加わりました。

今年の「Golden Nica」受賞作品を紹介します。

COMPUTER ANIMATION/ FILM/ VFX 部門

『Madame Tutli-Putli』

『Madame Tutli-Putli』

『Madame Tutli-Putli』
Lavis, Maciek SZCZERBOWSKI(Directors), Jason WALKER(Special Visual Effects)(CA)/ National Film Board of Canada
http://www.nfb.ca/madametutliputli

夜行列車に乗るひとりの女性。彼女の荷物には、この世の全所持品と過去からやってきたゴーストまでもが入っていたのです。蒸気機関車に導かれる旅は空想と現実の間を行きかい、奇妙な旅仲間が優先座席を占めています。技術の高さ、細部の精巧な処理、感動的なプロットが評価されました。

DIGITAL MUSICS 部門

『Reactable』

『Reactable』

『Reactable』
Sergi JORDA(ES), Gunter GEIGER(AT), Martin KALTENBRUNNER(AT), Marcos ALONSO(ES)/ Music Technology Group, Universitat Pompeu Fabra, Barcelona, Spain
http://reactable.iua.upf.edu/

複数のユーザーが演奏するために考案された知的楽器。円形テーブル上には複数のプレーヤーのためのスペースがあり、表面に描かれた幾何学模様は、いずれも異なる音を表しています。その模様を前後に動かしたり、くるくる回したりつなげたりすることで音が変化します。直感的なインタフェースであるため、子どもからプロのミュージシャンまで誰でも演奏することができます。アイスランドのミュージシャン・ビョークが2007年のワールドツアーでこの楽器を使用しました。

HYBRID ART 部門

『Pollstream - Nuage Ver』

『Pollstream - Nuage Ver』

『Pollstream - Nuage Ver』
Helen EVANCE(FR/UK), Heiko HANSEN(FR/DE)/ HEHE
http://www.nuagevert.org

常に無秩序に変化する雲が、政治的なアイデアとメッセージを運ぶメディアとなっています。また、雲は美的要素を含んだ、炭素排出による環境汚染の象徴でもあります。レーザー技術、コンピュータサイエンス、電気工学、エネルギー生成、大気質監視の専門家らが共同で開発に携わった大規模なインスタレーションで、さまざまな融合分野の作品として評価されました。

INTERACTIVE ART 部門

『Image Fulgurator』

『Image Fulgurator』

『Image Fulgurator』
Julius von BISMARCK(DE)
http://www.juliusvonbismarck.com/fulgurator

この作品は、カメラのフラッシュとシンクロして撮影の瞬間に精密な操作を行ない、他人が撮影している被写体上に、複数のメッセージをランダムに映写するインタラクティブ・アートです。肉眼にはほぼ見えないこの像は、ぼんやり浮かびあがり、やがて写真上にあらわれます。

DIGITAL COMMUNITIES 部門

『1kg more』

『1kg more』

『1kg more』
http://www.1kg.org/

現在、中国の農村地帯には40万以上の小・中学校があり、ほとんどが教員・教科書などの教材不足に悩まされています。『1kg more』は中国への渡航者に対して、圧倒的に必要とされている教材を1キロ分余計に手荷物に入れ、それを必要としているところへ届けるよう呼びかけています。ウェブを使ったプロジェクトとして、その活動全体が高い評価を得ました。

u19 - FREESTYLE COMPUTING 部門

『Homesick』

『Homesick』

『Homesick』
Nana Susanne THURNER

両親と口論しショックをうけた少女が姉の部屋に逃げこむ。15歳の作者Nanaが手描きで描いたアニメーションと背景の写真を合成しています。子どもの心情の世界を表現する真摯な短編映画に仕あがっています。

さらに、日没時間となる19時38分から、リンツ市を見おろす丘の上Postlingbergで、グランドオープニングが開催されました。会場内に設けられた巨大な特設ブースでは、『Camera Lucida』で第11回文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞を受賞したDmitry GELFANDとEvalina DOMNITCHによるレーザー光線を用いたプロジェクションイベントも行なわれ、大変な盛況ぶりでした。

■メディア芸術祭の受賞者が活躍した作品展「Cyber Arts」

受賞作品展は、毎年OKセンターにて「Cyber Arts」というタイトルで開催されています。日本からの作品も多く、文化庁メディア芸術祭や学生CGコンテストの受賞者でもある平川紀道さんは、今回『a plaything for the great observers at rest』で優秀賞を受賞。同作品は、地心座標と日心座標を自在に動かし、天体の動きを体感できる作品です。

ほかにも、文化庁メディア芸術祭受賞作品がPSPのゲームになって大ヒットしたことも記憶に新しい藤木淳さんの新作『Extended Cognitive Tools』、武藤努さんの『Optical Tone』、アートユニット"tEnt"の『Call <_>Response』などが展示されていました。

『a plaything for the great observers at rest』 と平川紀道さん

『a plaything for the great observers at rest』 と平川紀道さん

『Optical Tone』を説明する武藤努さん(右)

『Optical Tone』を説明する武藤努さん(右)

『Extended Cognitive Tools』と藤木淳さん

『Extended Cognitive Tools』と藤木淳さん

アルス・エレクトロニカの受賞作品には、表現に社会的あるいは政治的メッセージが込められたものが少なくありませんが、今回の展示で特に目をひいたのは、Markus KISONの『touched echo』です。第11回文化庁メディア芸術祭のアート部門で大賞を受賞した『nijuman no borei』(Jean-Gabriel PERIOT)が戦争の悲惨さを映像で綴ったのに対し、こちらの作品は欄干から肘に伝わる振動と、耳に届く爆撃音が、出来事の悲劇性を物語っています。

また、最上階の上映会場では“Japanese Animation”と題して、文化庁メディア芸術祭の受賞作品を上映しました。今年で6回目となりますが、今回も満員で立見も出るほどの人気を博していました。

『touched echo』 Markus KISON

『touched echo』 Markus KISON

“Japanese Animation”上映会のようす

“Japanese Animation”上映会のようす

■質問が多く議論が盛りあがったシンポジウム

藤譲一氏の基調講演

伊藤譲一氏の基調講演

イベントや受賞式や作品展示に加えて、カンファレンスも開催されます。カンファレンスは大きく分けて、その年のメインコンセプトに関するテーマ・シンポジウム、各部門の受賞者によるPrix Ars Electronica Forum、および各会場におけるトークイベントやシンポジウムなどがあり、今年は全部で16のカンファレンスが開催されました。

ブルックナー・ハウスで行なわれたテーマ・シンポジウムは、今年のメインコンセプトである「A New Cultural Economy=新たな文化経済」を軸に、伊藤譲一氏の基調講演でスタート。イーサーネット“コンピュータ”からインターネット“ネットワーク”へ、そしてさらにワールド・ワイド・ウェブ“コンテンツ”から、クリエイティブ・コモンズ(創造的共有)“知識”へ。こうした開放性と相互運用性についての4つの階層を示し、進化する情報化社会における新たな経済活動と創造活動のあり方について述べていました。

一方、5部門の受賞者による受賞者シンポジウム『Prix Ars Electronica Forum』は、9月7日に開催。各部門の審査委員の司会により、「Golden Nica」賞および優秀賞の受賞者がそれぞれの作品に関するプレゼンテーションを行ない、その後、観客席も交えてのディスカッションになります。観客側にもそれぞれのジャンルのプロフェッショナルが大勢いるということもあり、質問が多く、議論が盛りあがるのもアルスの特徴です。

コンピュータアニメーション部門では、木村卓さんが登壇し、インタラクティブアート部門では、第11回文化庁メディア芸術祭で優秀賞を受賞したソニア・チッラリ氏が司会を務め、同じく受賞者の平川紀道さんが登壇するなど、メディア芸術祭の受賞者の活躍ぶりが目をひきました。

シンポジウムに登壇した平川紀道さん

シンポジウムに登壇した平川紀道さん

木村卓さん

木村卓さん

シンポジウムのようす

シンポジウムのようす

■リンツ市の風物詩となっている大規模な音楽イベント

リンツ市ではリンツ出身の音楽家であるブルックナーの名前を冠した「ブルックナー音楽祭」を毎年開催しています。アルス・エレクトロニカもこの音楽祭に併せて開催したのがはじまりでした。そのような歴史もあり、アルス・エレクトロニカにはデジタル音楽部門の賞があり、オーケストラとメディアアートを融合させたイベントや、デジタルミュージックのコンサート、DJイベントなど、フェスティバル会期中を通して音楽関係のイベントも数多く行なわれます。

『tosca』

9月5日、PRIX ARS ELECTRONICAの受賞式が終わった22時から、市内の大聖堂を会場にして電子音楽と映像のコラボレーションイベントが行なわれました。出演したtoscaは、1997年にRupert HUDERとRichard DORFMEISTERのふたりによって結成されたユニット。日本のアニメをフィーチャーした映像にあわせての演奏は、会場の雰囲気とあいまって独特のムードを醸しだしていました。

『Herzfluss - Visualisierte Linzer Klangwolke』

9月6日の夜にはドナウ河畔でシアトリカルイベントが行なわれました。かつては富田勲氏がシンセサイザーのライブを行なったこともあります。今年は例年に比べるとやや規模を縮小したようでしたが、それでも船に設けられた舞台やスクリーン、サーチライトなどを使った大がかりなものです。アルスでの花火もリンツ市民にとっては風物詩になっているようです。

■まとめ

6日間に及ぶ全日程を終了し、事務局が発表したところによると、来場者総数は35,900人、アーティストやスピーカーは25ヵ国から484人、マスコミやジャーナリストは35ヵ国から516人。来場者数は昨年から大幅に増えています。来年の1月2日には新しいアルス・エレクトロニカセンターがオープンし、30周年を迎える2009年のアルス・エレクトロニカは今回以上に盛りあがることでしょう。

文化庁メディア芸術祭は2003年から、(1)メディア芸術祭の受賞作品と受賞アーティストの紹介、(2)メディア芸術祭の海外PR、(3)海外のメディアアート作品リサーチ、(4)海外のメディアアートフェスティバルとのコラボレーション促進などを目的としてアルス・エレクトロニカに参加しています。

メディア芸術祭の優秀作品上映である「Japanese Animation」も今年で6回目となり、今回も人気プログラムとして多くの方が観覧していました。さらに今回は東京大学の展示「campus08」とあわせて、メディア芸術祭の学生作品を紹介する「Animation Next」をはじめて実施しました。在オーストリア日本大使館の坂本公使は、メディアアートの分野での日本人の活躍に感心されていたようです。今回の活動を通して世界中のアーティストや研究者、フェスティバル・ディレクター、キュレイターとの新たな出会いがありました。この出会いを日本のメディア芸術の発展に活かしていきたいと思います。

阿部 芳久(CG-ARTS協会)

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