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【vol.7】

マリーナ・アブラモヴィッチのマンボ

マリーナ・アブラモヴィッチ『マンボ』

マリーナ・アブラモヴィッチ『マンボ』

マリーナ・アブラモヴィッチ『マンボ』(2001)
「マリーナ・アブラモヴィッチ -The Star-」展
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館での展示風景より

物理的な「身体」の存在

大画面のスクリーンの中で、真っ赤な衣装を着た女性が一心不乱に踊っている。会場に響くのは、「マンボ」の官能的なリズムである。思わず一緒に踊り出してしまいそうになる。スクリーンの前には3メートル四方はあるかと思われるような巨大な鉄板が横たわり、脇には重そうな靴が置いてある。よく見ると、その鉄板と靴は、スクリーン上で女性が履いているのと同じ靴であり、彼女が踊っているのは、スクリーンの前に置かれた同じ鉄板の上である。一人の観客がおそるおそるその靴を履き、鉄板に上ってスクリーンの女性の踊りにあわせて「マンボ」のリズムを刻みだした。この勇気ある観客の踊りはしかし、それほど長くは続かない。

この作品はマリーナ・アブラモヴィッチの『マンボ』(2001年)と題された作品である。イタリアのヴォルタラにある、使われていない精神病院で行なわれたアブラモヴィッチのパフォーマンスは、磁石を貼り付けた靴を履いて鉄板のプラットフォームの上で、3時間にわたって「マンボ」を踊る、というものであった。同じマンボの曲が、繰り返し繰り返し流される。わたしがイタリアでのパフォーマンスを記録したビデオとインスタレーションで構成されたこの作品を観たのは2004年、日本で最初の彼女の回顧展「ザ・スター」展が丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で開催されたときのことであった。イタリアでのパフォーマンスは、踊っている彼女を見るために、観客も磁石の靴を履いて100メートルも鉄のカーペットの上を歩いてこなければならなかったという。

鉄の靴を履いて「マンボ」を3時間踊る、コンセプトは非常にシンプルである。しかしスクリーンで繰り広げられる彼女の踊りを「マンボ」の音のシャワーを浴びながら、磁石の付いた重い靴を履いて体感しながら観ていると、物理的な「身体」というものを思わずにはいられない。そしてほとんど無意味で苦行のようなこの行為に没頭するアブラモヴィッチの姿に感動しないわけにはいかない。彼女の作品の多くがそうであるように、この作品でも、自分の身体を極限にまで追い込み、精神をその追い込まれた身体に寄り添わせながら、肉体と精神の限界のぎりぎりのところで見えてくる風景や体得できるなにかを表しているのだ。彼女はこの作品を「精神的効用のために(Transitory Objects for Spirit Use)」と位置付けている。そしてこのパフォーマンスは観客なしには成り立たないものである。観客はアーティストに畏怖にも似た眼差しを向けて延々の行為を共にし、アーティストも自分を追い込むことによって観る者にエネルギーを与える、観る観られる関係の磁場でだけ成り立つ作品である。

「表現」としてのメディア

こうした作品が、従来の絵画や彫刻、写真といったメディアで可能だろうか。「テーマ」としては可能だろうけれど、「表現」とすれば全く異なったものになるだろう。

わたしが興味を抱くメディアアートとは「現代美術」としてのそれである。メディアが新しいからといって、それが新しい「表現」を担保するわけではないからである。そしてわたしは、「現代美術」を絵画や彫刻、写真やメディアアートといった分野でくくるのは無意味であると思う。問われるのはあくまでもその作品の質とコンセプトであって、それを表現するのに最上な手段であれば、絵筆でもビデオでもコンピュータでも刺繍でも、アーティストは何でも使えばいい。かといって、絵画や彫刻といった伝統的な「美術」の分野に多岐にわたるメディアを駆使する「現代美術」を押し込むのも無理があると思う。メディアによって特性があり、歴史があるからだ。それは最新のメディアを駆使しているからといって、それが「現代美術」であるとは限らないのと同じである。

マリーナ・アブラモヴィッチの『マンボ』(2001年)は、技術的にはロー・テクに属するだろう。しかし類まれないメディアアート作品であると思う。

profile

笠原 美智子(かさはら みちこ)

笠原 美智子(かさはら みちこ)

1957- 東京都写真美術館事業企画課長、明治学院大学非常勤講師 長野県生まれ。1983年明治学院大学社会学部社会学科卒業。1987年シカゴ・コロンビア大学修士課程修了(写真専攻)。1989年より東京都写真美術館学芸員。2002年より東京都現代美術館学芸員を経て、2006年より現職。写真美術館での主な展覧会として、「私という未知へ向かって 現代女性セルフ・ポートレイト」展(1991)、「アメリカン・ドキュメンツ 社会の周縁から」展(1991)、「発言する風景」展(1993)、「はるかな空の下から 日本の現代写真」展(1993)、「ジェンダー 記憶の淵から」展(1996)、「アルフレッド・スティーグリッツとその仲間たち」展(1997)、「ラヴズ・ボディ ヌード写真の近現代」展(1998)、「ポラロイド・コレクション アメリカ 写真の世紀」展(2000)、「手探りのキッス 日本の現代写真」展(2001)、「風景論 日本の新進作家」展(2002)他。主な著作に『ヌードのポリティクス 女性写真家の仕事』(筑摩書房、1998)、『写真、時代に抗するもの』(青弓社、2002)、『従軍のポリティクス』(共著、青弓社、2004)他。写真美術館以外での展覧会企画としては「urban relationship, japanese contemporary art」展(ソウル市美術館、2003)、「out of the ordinary/extraordinary, japanese contemporary photography」(Japan foundation, 2004、現在海外巡回中)、「mot annual 2005 愛と孤独、そして笑い」展(東京都現代美術館、2005年)。第51回ヴェネチア・ビエンナーレ美術展日本館コミッショナーとして「石内都:マザーズ 2000-2005 未来の刻印」展(ヴェネチア・カステッロ公園日本館、2005年6月12日〜11月6日)を開催し、同展は2006年10月に「「石内都:マザーズ」として写真美術館でも開催した。

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