Animation Meister

1990年代

バブルの崩壊で経済が低迷する中、湾岸戦争やボスニア紛争が勃発。日本では、阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件が起きた、1990年代。1997年の香港返還は世界中から注目された。インターネットの登場により、電子メールやウェブサイトによってコミュニケーションがグローバルに行えるようになっただけでなく、メディアアートにも大きな影響を与えた。

八谷和彦『視聴覚交換マシン』

八谷和彦『視聴覚交換マシン』(1993)

藤幡正樹『Beyond Pages』

藤幡正樹『Beyond Pages』(1995)

【この時代の主な作品】

井上雄彦『スラムダンク』(1990)/中原浩大『デート・マシーン』(1991)/八谷和彦『視聴覚交換マシン』(1993)/古橋悌二『Lovers』(1994)/庵野秀明『新世紀エヴァンゲリオン』(1995)/押井守『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(1995)/藤幡正樹『Beyond Pages』(1995)/センソリウム・チーム『センソリウム』(1996)/『ポケットモンスター』(1996)/前林明次『Audible Distance』(1997)

Keywords

“95”【メディア】

「“95”PC発達期に夢想されたマルチメディアの可能性と、今後」 文・サエキけんぞう

ウィンドウズ95の「95年」を取り巻く1990年代中盤、その頃は、今とは全く違ったパソコンの未来が夢見られていた時期だ、と今では思う。その頃、花形だったのはCD-ROMだ。ロックのパイオニア、ピーター・ガブリエルが...
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“95”
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DTP 【メディア】

「文字組のルールを超えた世界を求めて」文・小泉 均

ぼくが文字組に興味をもち始めたころ、写植見本帳というものがあった。当時はどんな職業にもプロフェッショナルとアマチュアとにはっきりとした境界があり、その使いこなし方のようなものが支配して、その一線を分けていた。しかしそれはあくまで原則であり、ひとりひとりが生み出していく領域を残していることを...
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DTP

大日本印刷株式会社
写植見本帳
構成:森 啓 
   清原 悦志

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インターネット 【メディア】

「日本人が受け入れた『インターネット』という思想」文・仲俣 暁生

インターネットは大文字のInternetか、小文字のinternetか。大半の日本人にとって、それはどうでもいいことである。新しい概念を意味する外来語が4音節以下の短縮語(リストラ、セクハラ等々)となって、その意味まで変容してしまうことが多いこの国で、インターネットはめずらしく略語化されずに...
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インターネット

http://www.kantei.go.jp/

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ドラゴンクエスト 【エンターテインメント】

「妄想の蓄積をもたらす不変性」文・押井 守

20年前に初めてドラクエに手を染めてからというもの、僕は現在に至るまですべての『ドラクエ』をリアルタイムにやりつづけてきた。一度始めたら、アンパンを大量に買ってきて部屋に閉じこもり、あとは2週間ほど、眠気に耐えられなくなるまで日夜コントローラーを握りしめたまま...
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ドラゴンクエスト

© スクウェア・エニックス

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ジュラシック・パーク 【エンターテインメント】

「50年続いた技術に終止符を打った演出」文・樋口 真嗣

考えてみれば、90年代までの映画撮影現場のインフラは実に安定したものであった。カメラに装填したフィルムで被写体を撮影することや、磁気録音帯に録音すること、撮影が終わり、現像処理されたフィルムを裁断して接合することは、便利な機材が登場することはあっても作業内容に変化はなかった...
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ジュラシック・パーク

© ソニー・
ピクチャーズ

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