みんな、横尾忠則になりたかった。
文/川勝 正幸(文化デリック)
腰巻お仙 劇団状況劇場(1966)
102.2×72.5cm
シルクスクリーン/ 紙
(c)Tadanori Yokoo
横尾忠則('36年生まれ)になりたかった。
蛭子能収('47年生まれ)も、みうらじゅん('58年生まれ)も、雑誌のインタビューなどでそう告白している。
60年代後半から70年代にかけての横尾は、存在そのものが「TADANORI YOKOO SUPERSTAR」とでも呼びたいオーラを放ち、彼がクリエイトした作品群はいったん侵入すると二度と戻れなくなる恐れに満ちた摩訶不思議な世界へと先導した。モダンを否定し、土俗発サイケデリック経由スピリチュアル行きのハーメルンの笛吹きか? そう。あの時代の横尾忠則は最高にかっこよくて、なんともうさん臭い人物だったのだ。
唐十郎率いる劇団状況劇場のために描いた『腰巻お仙』('66)のポスター! 大島渚監督作で主演を張った『新宿泥棒日記』('69)! サンタナ『ロータスの伝説』('74)のためにデザインした、広げると12インチ×12インチの22面体に化けるレコード・ジャケット! 究極の挿し絵か? 作家・柴田錬三郎との真の意味でのコラボレーション・ブック『うろつき夜太』('75)! 悩み多き出色の旅行記『インドへ』('78)! インドでのフィールド・レコーディングを基にした、細野晴臣とのコラボレーション・アルバム『コチンムーン』('78)! イエロー・マジック・オーケストラ('78〜'83,'93)の4人目のメンバーになるはずだった伝説! 筒井康隆が描くSF小説内に登場する架空の映画のポスターを次々につくり下ろした『美藝公』('81)!
横尾忠則のアートは、美術館に行かずとも、本屋やレコード屋や映画館や路上で、僕らにアタックし、虜にした。ソニック・ユース('81〜)が自分たちのアルバムのジャケットに、ゲルハルト・リヒター、レイモンド・ペティボン、マイク・ケリー……らを起用した行為もすばらしいけれど、横尾忠則はみずから現象となって、さまざまなメディアに飛び散っていったのだ。
'81年の画家宣言以降も、横尾は「渋く、枯れる」のではなく、アナーキーな巨匠としてブイブイ言わせている。
'02年、『横尾忠則 森羅万象』展(東京都現代美術館)へ足を運んだ方なら、この意見に即頷いてくれるだろう。そして、筆者('56年生まれ)同様、彼と同時代に生きることができた喜びをかみしめたはずだ。
今年出た『病の神様 横尾忠則の超・病気克服術』を読むと、これからも病気すら味方に付けて、キックの強いアートをドロップしてくれそうである。めでたい。
川勝正幸(文化デリック) 1956年福岡市生まれ。映画や音楽などポップ・カルチャーのフィールドで活動するエディター&ライター。主な編著書に『ポップ中毒者の手記』シリーズ、『ポップ・カルチャー年鑑2006』などがある。下井草秀とのユニット「文化デリック」名義で、毎月、POP寄席を開催。 |


