文字組のルールを超えた世界を求めて
文/小泉 均
プロになってから愛用していた大日本印刷株式会社の写植見本帳。
構成:森 啓/清原 悦志
ぼくが文字組に興味をもち始めたころ、写植見本帳というものがあった。当時はどんな職業にもプロフェッショナルとアマチュアとにはっきりとした境界があり、その使いこなし方のようなものが支配して、その一線を分けていた。しかしそれはあくまで原則であり、ひとりひとりが生み出していく領域を残していることを知ることになるのは、プロフェッショナルでもごく一部の人たちであったようだ。
知れば知るほどその深さを知ることになるわけだが、最初に知ったのは、日ごろ見ている文字組には規則があるということで、それはタイポグラファー(文字を扱う人)が熟練になっていく過程で確実に通らなければならない道であった。「文字をはかる」という作業は欠かすことができないスタンダードであり、スケールとの葛藤に当時明け暮れていたことを覚えている。次にタイプフェイスとの出合いとなる。たくさんのフォントのなかから「文字をえらぶ」という作業を行なう。いうまでもなく、ひとつひとつに癖があって、まさにタイポグラフィの仕事のように見える作業が待っていた。ここまではおそらく当時の常識として、その見本帳を使いこなすという点でだれもが経験したことであろう。
ロンドンでみつけた、生ま
れて初めてのポイント尺。
DTPつまり個人的な机の上のコンピュータのなかで、実際に媒体の上に「文字をおく」という現実がやってくると予感したのは、スイスのバーゼルであった。学校の教室、暗闇にモニターだけが光り輝き、そのなかですべての文字たちが自由勝手に動きだした瞬間だった。
美しかった。正確だった。でも何かが足らなかった。日本に帰ってきてから10余年、いまや、いかなる場合でも意識して文字を置いているという人は少ないのではないだろうか。これがあのとき見た光景の行く末だった。かつては鉛活字を拾って、文字の存在を確信することができるかどうかが美を生む鍵であったが、コンピュータ画面では何の躊躇もなく文字をおく、いや「文字をながす」ことができるようになったのだ。それは文字組のルールを超えた世界をつくり上げようという夢の実現であった。いまでは日常的に瞬時に組版が完了してしまう。そのときの文字組とはどうなっているのか、読みやすい文字組とは何なのか。かつて紙しかなかったメディアがDTPから進化して媒体そのものをのみこむ、文字組までをものみこみ、携帯電話の画面で小説を読むようにまでなった今、もう一度、目の前に文字をおくという作業を見直してみることが必要なのではないだろうか。
Photo by Mitsuko Todoroki 小泉 均 (コイズミ ヒトシ) 1958年生まれ、タイポグラファー。1990〜93年、バーゼル造形学校に留学。現在、東京でデザイナーとして活動する一方、長岡造形大学視覚デザイン学科教授、桑沢デザイン研究所夜間部非常勤講師。著書に美術出版社『タイポグラフィの読み方』。 |


