Vol.10 音楽活動とビジュアル「BE THERE NOW」

20年間、音楽を生業としてきたが、今でも気分はノンミュージシャンだし、自分のCDやヴィジュアル全般をディレクション、デザインするのは当然のことで、「なんとなく」ずっとそうしてきた感じだ。それを見た何人かのご縁のあった方には、グラフィック・デザインのお仕事も頂いた。なかでも、もともと音楽に狂うきっかけだった YMOの細野さんにCDジャケットのデザインを何度か依頼されたコトは、まことに光栄だし、美大時代の自分が知ったらショック死するであろう。

Anyway,そんな感じで音楽とそのヴィジュアル両方にいつも携わってきたが、世のデジタル化、インターネットの恩恵?によってビジュアルの「領域」がどんどん小さくなってきてしまった気がする。もともと12インチだったアルバムのジャケットは、版画やポスターに近い、モノとしてありがたみのある、アート足りうるサイズだったのだけれども、デジタルのおかげで、タバコなんかのサイズに近い12センチのCDが主流になって、ここ近年ではipodの液晶モニター数センチになり、場合によってはファイル名だけになってしまった。紙という物質からも解放されてしまい、そこはエコで良かったりもするのだけれども、サイズにかぎらず、何かありがたみがなくなってしまったような気がしないか。

いろんなコトに「憧れ」ずらい世の中になった気がする。今では疑問に思ったコトはググれば、だいたいわかった気になるし、いろんなコトがインターネットで済んでしまう。むかしは圧倒的に情報量が少なかったので、いま流行のレコードでもクラブでもニューヨークでも、そこに行って手にとってみたり、匂いを嗅いだり、ソレ、ソコを体感するしかなかったのだが。このようなコトを、わりと漠然と日々想ったりしているけど、けっしてネガティブなわけではない。ビジュアルの「領域」が減った分、音楽が喚起する脳内イメージ領域は増えたやもしれないし。

いろんなコトが一人で済んでしまうようになったことの反動なのか、近年野外フェスや大きいクラヴイベント等のライブミュージックは盛んだ。ここ数年、DJオファーも多い。「BE THERE NOW」とでもいおうか、お祭りや儀式のようなプリミティブな音楽の愉しみ、「皆で音楽を楽しむ場」が復権したかに思えるのだ。同じ音楽と時間を共有する人人人、、汗、匂い、スマイル。もしかしたら、その光景、その場こそが、僕にとってのズバリ究極のヴィジュアル・モチベーションそのものなのかも知れない。

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