Vol.18 かわいいの成分

『ヘヴン』
講談社

向こうからやってくる犬を見てかわいい……。セレクトショップに並んだワンピースのパフスリーブをつまんでかわいい……。人のお化粧見てかわいい……、本の表紙を見てかわいい……。
もちろんかわいい、とつぶやくだけで生きていくことは困難ですが、一日を生きていておよそ「かわいい」感度が起動しない日はなく、心の動くところには常に「かわいい」が待機している日本です。女性です(むろん、例外もあります)。
かっこいい、素敵、あなたはどう思う? 欲しい! きれい、目指すぜ! などなどの感嘆や同調、さらには意思表明まで、感慨全般を一語にまとめたものが「かわいい」であって、とくに女性同士ならば「かわいい」によってまさに「一を聞いて十を知る」という状態なのであって、頼もしいことです。

『乳と卵』
文藝春秋社

これを聞いて「いや、それはボキャブラリーのまさしく衰退」と憂いたい人もいるだろうし、じっさい「なんでもかわいいで済ますな!ちゃんと説明せよ!」みたいなことを(主に男性に)言われたこともあるけれど、説明が必要なときはちゃんと説明するので放っておいてもらいたい。 言葉というのは何も全方位に複雑になるだけが能ではなくて大事なのは「かわいい」に込められた感情の多さをいかに端的に意思疎通に適した言葉に変換しているかという点であって、これはある意味で言葉の洗練ともいえるのではないかと、街行く人々の「かわいい」をキャッチするたびに「ああ今、言葉がとても機能しているな」とちょっと満足してしまう。
かつて三島由起夫の書いた「金閣寺」の主人公は「美しすぎる……」という、小説だから当然ですが恥ずかしいくらいに文学的な動機で金閣寺を焼いてしまいましたが、21世紀の女子が使用するほとんどの「かわいい」はいたずらに狂わない程度の「美しさ」もある程度に継承しつつ、なおかつ人様に莫大な迷惑をかける幻想の入る余地のない、生活と自立に支えられた「万能語」です。
まあいつか「かわいすぎる……」が動機で文学的な凶悪事件が起きないとも限りませんが、しかしそれは可能性という意味では何だってそうなのだから、そのときはそのときで考えましょう。 

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