Vol.19 ハピネスと音

Yukihiro Takahashi Live 2009 "OUT OF HERE" at Shibuya-AX, Photo by Teppei Kishida

音楽は、それを聴く者に力を与えることがあるという。「私はあのとき、あの曲を聴いて救われた」とか「とても辛いときに音楽によって癒された」などという。
本当だろうか。
こういう受け手の心境を否定するつもりはまったくないが、僕自身は、これまでそういう意識で音楽を聴いてきたことはない。 ただ、つくり手の自分になって考えたとき、似たような感覚を持つことがあるのに、最近気がついた。 そう、自分が音楽をつくっているまさにそのときに、僕は僕自身が「救われ」「癒される」ことがある。自分の音が自分を救う、完全な自己満足の世界! けれどもこれが、僕が音楽にかかわる大きな理由のひとつであることは否めない。
音楽(音)の創作のなかにいるときには、ハッピーになれる。それは今のこの瞬間だけではなく、去っていた時間に対するノスタルジイーや過去に抱いた想いが呼び覚まされるからに違いない。やさしく、ときにホロ苦いさまざまな想い。あくまでも僕個人の胸のなかにあるものばかりではあるけれど。
でも、その幸福感や心の痛みが普遍性を持ったとき、聴き手の心のなかの何かを揺り動かすことにもつながるのではないか。

pupa『floating pupa』(EMI Music Japan)
高橋幸宏『Page By Page』(EMI Music Japan)

言うまでもなく音楽は、いつも楽しい状況だけを伝えてきたわけではない。時にはつくり手の暗い闇のなかにいるような気持ちが音となり、また、その時々の、アーティストをとりまく環境や世相が皮肉たっぷりに表現されることもある。
かつて、The BeatlesのGeorge Harrisonは『ONLY A NORTHERN SONG』という曲のなかで、こう歌った。 「もし君が、この曲を聞いていたら、コード進行が間違っていると思うかもしれない、でも違う、こういう風につくっただけなんだ」
バンドは解散の道に向かい、メンバーの精神状態も相当に悪かった時につくられた曲だったのだろう。最後には「もし君が、調子はずれのハーモニーだと思ったら、それはあってるよ、だってそこには誰も存在してないんだから」とまで歌詞にしている。 普通に考えれば、これはハッピーな曲とは言えないだろう。しかし僕は初めて聴いた高校生の頃からこの曲が大好きだった。理由は簡単だ。この時のGeorgeは、その自分の屈折した気持ちを思うがままに正直に曲にしている。半ば捨て鉢になりながら。だが、とても自由だ。羨ましいくらいだ。

アーティストにとって1番のハピネスは、自由に素直に自分の好きなように表現できることだ。計算と技巧のみによってつくられた作品には生み出し得ない力が、そこにはある。 リスナーは受け手として、それらの楽曲の中から、自由に選び、聴き、自由な感想を持つことができる。それもまた音楽とのあいだのハピネスな関係であると僕は考える。  

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