Vol.5 演劇のポップアート

「イッセー尾形の演劇はポップアートだ」といわれたことがある。
コーラの瓶を美術館に置くと、何の変哲もないガラスの容器が、魅力的に見えてくることと関係があるらしい。それよりなにより、コーラの出回っている量は多すぎて、気にも留めないという当たり前の日常を、美術館に置くことによって意識化させるのだそうだ。
確かに僕の取りあげる人物は、どこにでもいるフツーの人たちに限られている。劇的とは無縁の人に、真っ白の舞台上でスポットライトを当てる。
工場から吐きだされる工業製品であるコーラの瓶のように、僕の登場人物は大量に存在する人たちといえる。サラリーマン、大工の親方、ピザの配達人、教師、彼らは職業によって身につけたクセをもっている。職業とは人間の鋳型ともいえる。
公演後のアンケートで、「イッセーさんは、うちの会社の課長を知っているのですか? そっくりでした」のように書かれることは少なくない。観客も舞台で演じられた僕の役を通して、身近な人を再発見するのであれば、ポップアートといえるかもしれない。

2005年より「イッセー尾形のつくり方」と題して、日本各地で地元の素人の方を集めてワークショップを行なっている。この企画の面白さや新しさは「四日間の稽古、即、本番の発表会」にある。台詞を覚えたり、動きを決めたりしたら、時間的に到底間にあわないし、大量の参加者を舞台に出すことができない。

「イッセー尾形、ポップアート論」にのっとれば、舞台の役者(素人たち)は「存在することのみ」が肝心となる。コーラの瓶が何の飾りもなく美術館に置かれたがゆえに、鑑賞者の目を引いたように、何も演じない素人役者を見る観客は、イマジネーションが働いてしまうのだろう。与える演劇から、想像してもらう演劇への転換だ。
この演劇の考え方を、ドイツの公立劇場の若い役者と試みたことがある。伝統的な演技法を学んでいる彼らからの抵抗はあったが、大いなる成果があった。それから毎年、数名の俳優が我々のワークショップに参加するために来日している。
言葉の壁を乗りこえ交流する姿に、観客の想像は複雑な世界に至るらしい。

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