大学の授業やワークショップで受講者に課題として地図を描いてもらう。たとえば、「新宿」というテーマを与え、資料を使わず、記憶している「新宿」という言葉のイメージだけで地図を描く。
資料を使わずに地図を描くとき、手がかりは自身の記憶とイメージだけだ。そこに描き手が反映する。同時に、彼/彼女らにとっての町のありようが浮かんでくる。たとえば、ある学生の地図は、伊勢丹デパートより、圧倒的にTSUTAYAが大きかった。そんなことは実際にはありえないが、彼の生活にとっては、デパートよりレンタルビデオショップのほうが大きな意味を持っていたのにちがいない。そして、私がもっとも興味を持ったのは、多くの受講者が新宿の地図を、「南口」を中心に描いたことだった。
単純な感傷ではけっしてなく、町が変容してゆく姿を見ながらどこか違和感を持たざるをえない。かつて私にとっての「新宿」は圧倒的に「東口」 だった。紀伊國屋書店があり、雑多な繁華街が広がり、すこし路地を歩けばどこか怪しい店があって、そこに新宿の魅力を感じていたのだ。そこから文化も出現する。きわめてノイズに充ちたその町のなかから、軋(きし)んだ音とともに、演劇や音楽、映画や美術、そして文学も生まれてきた。たとえば、1969年に公開された 大島渚の『新宿泥棒日記』は、横尾忠則が紀伊國屋書店で万引きをするシーンから映画がはじまる。その時代の新宿を私は知らないが、新宿だからこそ生まれた映画であり、その背景に町が生み出す文化がかつてあったと私には感じられた。
かつての「新宿南口」は、「東口」よりさびれ、むしろべつの意味でのノイズがあったが、いまは整備され、すっかりきれいな地域となっている。人の流れも「東口」から「南口」へと少しずつ変わっているから、学生やワークショップ受講者たちの描いた地図にもその変化が現れたのだろう。安全で美しい町は人にとって快適な空間だ。
撮影:有賀傑
昨年、『ニュータウン入口』という舞台を作り、取材のために何度もニュータウンに足を運んだが、その美しさを私はけっして否定するわけではない。新宿が安全になり、人にとって歩きやすい町になったのもべつに否定はしないが、それとともに失うものはある。ノイズが生み出すのは、誰だって持っている昏(くら)い側面を肯定する、受け皿としての文化だ。やむにやまれず吐き出されるノイズが、言葉になり、音楽になり、絵画となって出現する。美しいことはいいことだ。けれど、美しい町でもゴミはどこかに回収されている。それを見えないように隠すから清潔さは保たれるが、見ないでいるだけの美しさが、ほんとうの意味での美しさだとは思えない。
新宿の「南口」から新しい文化は生まれるだろうか。整備された土地から軋んだ音は聞こえてくるだろうか。その音を聞きたい。

































