ドイツ工作連盟
Deutscher Werkbund
1907年、ミュンヘンで結成された職能団体で略称はDWB。前年にドレスデンで開催された第3回ドイツ工芸展をきっかけに、「芸術と産業と職人技術の協力」を通じて工芸の「品位を高める」ことを目的に結成された。参加者の顔ぶれはペーター・ベーレンス、リヒャルト・リーマーシュミット、ペーター・ブルックマン、フリードリヒ・ナウマン、さらに若き日のヴァルター・グロピウス、タウト兄弟らと多彩で、なかでもプロイセンの貿易省美術工芸部主任であったヘルマン・ムテジウスは、建築家として多くの住宅建築を設計する一方、アーツ・アンド・クラフツ運動からの影響や日本滞在の経験を踏まえて芸術と産業化の近代化を提唱するなど、連盟の中心的イデオローグとして活躍した。その活動の成果はケルン(1914)やシュツットガルト(1927)で開催された博覧会で広く紹介されたが、前者においては、規格化を推し進めるムテジウスと芸術性を主張するヴァン・デ・ヴェルデの意見が対立し規格化論争が勃発、後者が連盟を去る出来事も起こっている。機械化と芸術性の両立を目指したその精神はバウハウス(1919年開校)にも継承されるが、1933年にはナチスの迫害によって解散を余儀なくされた。戦後の1950年に再興された。




