セルゲイ・エイゼンシュテイン
Сергей Михайлович Эйзенштейн, Sergei Mikhailovich Eisenstein (1898-1948)
『戦艦ポチョムキン』セルゲイ・エイゼンシュテイン 監督
(発売:アイ・ヴィー・シー)
旧ソ連の映画監督。ラトビアのリガでユダヤ系の家庭に生まれる。ロシア革命に赤軍として参加、復員したのちに国立高等演劇工房に学び、多くの作品の演出や舞台美術を手がける。1924年より映画に転向し、同年に処女作『ストライキ』を監督。翌1925年に監督した『戦艦ポチョムキン』は、軍隊がデモ行進を行なっていた民衆を虐殺する『オデッサの階段』の秀逸な描写によって、サイレント映画屈指の傑作として知られるようになる。この場面の撮影に駆使されたモンタージュ撮影は、一時期日本語を学んでいたエイゼンシュタインが、異なる文字の組み合わせによってまったく違った意味をつくりだすことのできる漢字の特性から思いついた可能性が指摘されている。その後も『十月』『全線』『アレクサンドル・ネフスキー』などの作品を精力的に監督、国際的な名声を博し、ハリウッドからも招かれた。初期の革命精神に忠実であったエイゼンシュテインはレーニンからは寵愛されたが、後釜に座ったスターリンとは意見が合わず冷遇された。パート・カラーの映像表現を試みたトーキー映画の大作『イワン雷帝』修正を指示されるもこれを拒否し、それ以降監督は行なわず後進の指導に専念した。



