具体美術協会

[ 1950年代, ]

『具体美術協会』 『この上を歩いてください』(制作年:1955年)
嶋本 昭三

1954年7月に、戦後美術の活性化を目的として大阪で結成された美術団体。メンバーは吉原治良、吉田稔郎、嶋本昭三、白髪一雄、田中敦子、村上三郎、金山明らで、リーダーである吉原の「いままでに見たことのない絵を描け」という挑発のもと、各自が過激な創作行為を繰り広げ、なかでも、白髪が半裸の姿で泥のなかで悶える「泥に挑む」や、村上が十数枚の衝立の紙を一気に突きやぶって走り抜ける「紙破り」などの活動は、今日のパフォーマンスの先駆をなしていた。その過激な実験精神は、吉原が1956年に発表した「具体美術宣言」に凝集されている。彼らの活動はいち早く海外にも紹介され、1957年に公開制作のために来日したミシェル・タピエとジョルジュ・マチウは、具体のメンバーと親しく交流し、彼らを日本のアンフォルメルとして高く評価したが、この交流を機に、それまで身体性を前面に押しだしていた具体の活動は絵画へと収斂していく。芸術運動としてのピークは短く、1958年の第2回合同展以後の活動は停滞したが、1972年の吉原の死まで組織は存続した。1970年の大阪万博期間中に催された「具体美術祭り」はその最後のハイライトであった。

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