原子爆弾
Atomic bomb
長崎型原子爆弾(ファット・マン)提供:広島平和記念資料館
ウラン235やプルトニウム239の核分裂反応を利用した爆弾。通常兵器と比べて破壊力、殺傷力が桁違いに大きく、また放射能や汚染物質による被害も深刻であることから、現在では大量破壊兵器に分類される。核分裂を利用した爆弾の研究開発は当初ドイツが先行していたが、亡命ユダヤ人科学者らはルーズベルト大統領にナチスの脅威を進言、これを受けてアメリカ政府は1942年に核開発の研究着手を決定、レズリー・グローブスを責任者に、ロバート・オッペンハイムを科学部門のリーダーに指名してマンハッタン計画をスタートさせた。約20億ドルの巨費を投じ、多くの研究者が参加した緊密な産軍共同の結果、アメリカはドイツに先んじて人類史上初の原子爆弾開発に成功し、1945年7月16日にはニューメキシコ州の砂漠で初の核実験を実行、また8月6日と9日には広島と長崎に原爆を投下して第二次世界大戦の終了を決定づけた。なお、ナチスによる新型爆弾開発の可能性をルーズベルト大統領にあてて警告した最初の手紙は、アルバート・アインシュタインの名義で送られているが、アインシュタイン自身は原子爆弾の製造に関しては一切関与しておらず、マンハッタン計画の詳細も知らされていなかった。
月世界旅行
Le Voyage dans la Lune

フランスのジョルジュ・メリエスが監督・脚本を担当した映画。1902年製作。1秒につき16フレームのコマが上映されるモノクロ・サイレント仕様で、上映時間は16分。大砲の弾丸に乗って月に行った人間が月世界の人間と出会う物語で、ジュール・ヴェルヌの同名の長編小説(原題:De la Terre à la Lune)及びH.G.ウェルズの長編小説『月世界最初の人間(The First Men in the Moon)』を原作として大幅な翻案を加えている。1895年にリュミエール兄弟によって発明された映画は、最初期にはありのままの光景をそのまま映すだけのメディアだった。メリエスも当初はそうした映画を製作していたが、この作品の製作に際しては、機械の故障から偶然に思いついたトリック撮影を導入して弾丸の着弾などを効果的に演出し、多くの観客の圧倒的な支持を得た。そのほかにも、世界初のSF映画(当時は「魔法映画」と呼ばれていた)とされるこの作品は、原作を基にした脚本によるストーリー展開や複数のシーンの存在、固定カメラによる演劇的な演出など、ほかにも複数の画期的な性格を持っていた。メリエスは世界初の職業映画監督としてその後しばらくの間映画界をリードしていく。




