ネオ・ジオ
Neo Geo
1980年代後半、ニューヨークのイーストヴィレッジ周辺で起こった美術運動。代表作家と目されるアシュレイ・ピカートン、ピーター・ハリー、ジェフ・クーンズ、マイヤー・ヴァイスマンの4人はいずれも同時期にインターナショナル・ウィズ・モニュメント・ギャラリーを中心に活躍していた。ネオ・ジオメトリック・コンセプチュアル・アートという正式名称のとおり、ニューペインティング現象の衰えからほどなく生起した幾何学的でコンセプチュアルな作風をさす用語といわれるが、この定義に厳密に対応する作風の持ち主は4人のなかでもハリーだけであり、所属作家を売りだすためのギャラリーのプロモーション戦略としての側面がしばしば指摘される。その一方、理論家としても知られるハリーはボードリヤールの消費社会論などをベースとした方法論を発表したが、そこで述べられている内容の大半は同時期のより包括的な動向であるシミュレーショニズムへと回収される性質をもっていた。一時期大きな話題をさらったが、イーストヴィレッジのアートシーンが閉鎖された1980年代末には急速に衰微していく。
ネオ・ダダ
Neo Dada
1950年代末~60年代初頭のアメリカで展開された、アッサンブラージュやコラージュ、さらには既製品の上から絵の具を塗りこめるコンバイン・ペインティングなどの技法を駆使した前衛的な美術運動の名称。ジャスパー・ジョーンズ、ロバート・ラウシェンバーグ、アラン・カプロー、サイ・トゥオンブリらが代表格で、クレス・オルデンバーグ、ジム・ダインらを含めて考える場合もある。「アートニューズ」誌の58年1月号で美術批評家ハロルド・ローゼンバーグが言及したのが最初で、60年代以後同じく美術批評家バーバラ・ローズらの言説を通じて人口に膾炙(かいしゃ)していった。この場合のダダとはもちろんダダイズムに由来する名称だが、廃材を多く用いた彼らの作品は別にジャンクアートと呼ばれることもあり、工業社会への批判的な眼差しを孕んでいる点では大いに異なっている。またジョーンズとラウシェンバーグの2人には、抽象表現主義の次を担う新しい表現を目指す姿勢が顕著であった。ラウシェンバーグが「ブラックマウンテン・カレッジ」で学んでいたこともあり、ジョン・ケージのチャンス・オペレーションからの影響がしばしば指摘されるが、その一方では日本の「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」に対しても大きな影響を与えた。




