2001年宇宙の旅

[ 1960年代, ]

2001年宇宙の旅 『2001年宇宙の旅』
スタンリー・キューブリック 監督
(発売:ワーナー・ホーム・ビデオ)
(価格:2625円(税込))

1968年に公開されたスタンリー・キューブリック監督のSF映画。前作『博士の異常な愛情』で核兵器による人類の終末を描いたキューブリックは、異星人とのファーストコンタクトをテーマとした次回作を構想し、SF作家のアーサー・C・クラークに科学考証を依頼する。ふたりのアイデアはまずクラークの小説に、ついでキューブリックの脚本にまとめられるが(そのため、厳密には小説は映画の原作ではない)、そのなかで最大の鍵を握っていたのが、物語の冒頭で類人猿を道具の使用へと導き、また物語の終盤で、木星探査旅行に出た宇宙船のクルーのうち唯一生きのこったボーマン船長がスター・チャイルドへと進化するきっかけともなった黒い石板(モノリス)と、史上最高のスーパー・コンピュータHAL9000の存在であった。撮影が長期化した結果、制作費は1000万ドルを超え、せりふのほとんどないとっつきにくい内容のため興行的にも成功とは言えなかったが、当時としては驚異的な特撮技術、美しい音楽、壮大な世界観は徐々に多くのファンへと浸透し、その後SF映画史上屈指の傑作のひとつに数えられるようになった。なおキューブリックは当初美術担当として手塚治虫の参加を要請したが、多忙のため実現しなかったという逸話が残っている。

ニューヨーク近代美術館(MoMA)

[ 1920年代, ]

1929年、ロックフェラー夫人ら3人の女性の個人コレクションを基盤として大恐慌のさなかのニューヨークのマンハッタン西53丁目に開館した美術館。「セザンヌ、ゴーギャン、スーラ、ゴッホ」展で杮落としを飾るなど、ヨーロッパの古典重視の方針を採用していたメトロポリタン美術館とは対照的に、開館当初より近現代美術を専門とする方針を打ち出した。初代館長であるアルフレッド・バー・Jrが作成した美術史チャートは、従来のヨーロッパ中心史観に甘んじることなく、同館がアメリカ独自のモダン・アートを発信せんとする気概を示したものとして知られている。所蔵品では、ピカソの「アヴィニョンの娘たち」などが著名。また写真、映像、建築、デザインなど、従来は美術館の守備範囲とみなされていなかった分野に対しても開館以来積極的に取りくんでおり、「インターナショナル・スタイル」や「オーガニック・デザイン」などの斬新なコンセプトに基づく展覧会を企画・開催した。1932年に現在の53番街に移転して以来、幾度か大規模な拡張工事を体験しており、2004年末には日本の谷口吉生が拡張プログラムを担当した新館が竣工した。モダン・アートの殿堂として、その動静は世界の美術関係者から常に熱い注目を集めている。

日本工房

[ 1930年代, ]

名取洋之助を中心に結成された写真家グループ。ドイツで写真家としての基礎を確立した名取は、帰国後日本におけるフォトジャーナリズムの必要性を痛感し、1933年に木村伊兵衛、伊奈信男、原弘、岡田桑三らとともに日本工房を結成したが、意見の相違から分裂し、名取以外のメンバーは翌34年に中央工房を結成した。いっぽうの名取は、同年に山名文夫、土門拳、河野鷹思、信田富夫、亀倉雄策、高橋錦吉、三木淳らの写真家・デザイナーを迎えて日本工房を再結成したが、その活動のハイライトは、何といっても対外宣伝誌『NIPPON』であろう。1934年から1944年にかけて通関36号に渡って刊行された同誌は当時としては珍しい本格的なグラフィックマガジンであり、米誌『LIFE』をモデルとした美しい印刷や大胆なレイアウトによって報道写真、グラフィック・デザイン、インテリア・デザインの各分野を新しく切り開き、中央工房を前身とする東方社が発行していた『FRONT』と双璧とみなされる。なお日本工房は、1939年には国際報道工芸株式会社と改名し、内閣報道局の下請け業務をこなしながら終戦時まで存続するが、その活動はジャーナリズムにこだわり、芸術写真を嫌悪していた名取の強烈な個性に左右される部分が大きかった。

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