ドイツ工作連盟

[ 1900年代, ]

1907年、ミュンヘンで結成された職能団体で略称はDWB。前年にドレスデンで開催された第3回ドイツ工芸展をきっかけに、「芸術と産業と職人技術の協力」を通じて工芸の「品位を高める」ことを目的に結成された。参加者の顔ぶれはペーター・ベーレンス、リヒャルト・リーマーシュミット、ペーター・ブルックマン、フリードリヒ・ナウマン、さらに若き日のヴァルター・グロピウス、タウト兄弟らと多彩で、なかでもプロイセンの貿易省美術工芸部主任であったヘルマン・ムテジウスは、建築家として多くの住宅建築を設計する一方、アーツ・アンド・クラフツ運動からの影響や日本滞在の経験を踏まえて芸術と産業化の近代化を提唱するなど、連盟の中心的イデオローグとして活躍した。その活動の成果はケルン(1914)やシュツットガルト(1927)で開催された博覧会で広く紹介されたが、前者においては、規格化を推し進めるムテジウスと芸術性を主張するヴァン・デ・ヴェルデの意見が対立し規格化論争が勃発、後者が連盟を去る出来事も起こっている。機械化と芸術性の両立を目指したその精神はバウハウス(1919年開校)にも継承されるが、1933年にはナチスの迫害によって解散を余儀なくされた。戦後の1950年に再興された。

十二音音楽

[ 1920年代, , ]

平均律音階中の十二音を同等に扱う音楽の総称。調性音楽では当然の主音を中心とするヒエラルキーを崩壊させたことから、ドデカフォニーとも呼ばれる。この音楽はアントン・ウェーベルンの『チェロとピアノのための3つの小品』やヨゼフ・マティアス・ハウアーの『トローペ』などを原型とするが、一般にはアーノルト・シェーンベルクが1921年に確立したものとされる。シェーンベルクは、まず12の半音が一度ずつ現れるひとつの音列の原形をつくり、ついでそれを基にして原形を後ろから辿った逆行形、音程の上芸を反対にした反行形、反行形と逆行形を組み合わせた反行逆行形の4つの形、さらにそれを十二音に配置した総計48の音列をつくり出した。そのうちいくつかの音列を用いて音楽を構成する対位法的な十二音技法を考案し、『5つのピアノ曲』(1923年)『セレナード』(1923年)『ピアノ組曲』(1924年)などを作曲した。シェーンベルクの弟子にあたるウェーベルンは十二音理論をさらに発展させてミュージック・セリエルの基礎をつくり、また戦後にはストラヴィンスキーもこの理論に基づいて作曲を行なった。現代音楽の作曲で用いられることはあまりない技法だが、理論的な影響力はきわめて大きい。

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