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湯浅 政明(ゆあさまさあき)
TV『クレヨンしんちゃん』で絵コンテ・オープニング&エンディング作画、OVA『アニメ落語館』でキャラクターデザイン・構成・演出・作画を手がけ、劇場『さくらももこワールド ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』では音楽パートを担当するなど多彩な才能を発揮する。90年代には主に『クレヨンしんちゃん』シリーズに参加、また監督としても劇場作品等で活躍しており、その生み出されるハイテンションな映像は、業界内外で高い評価を得る。
実写、2D、3Dを融合させ、路地裏から宇宙までを超絶技巧によってメタモルフォーズさせてゆくハイブリッドムーヴィー『マインド・ゲーム』。『ちびまる子ちゃん』や『クレヨンしんちゃん』といった人気アニメで異彩を放ち、愉快なキャラクターと、ツイストの効いたギャグセンス、そしてダークな毒の部分を併せ持つ独特のテイストは、同作品でも全編に弾けまくっている。かつて見たことのない独特の映像がいかにして生まれてきたのか? 監督としても類い希な個性を示した天才アニメーター・湯浅政明監督の素顔に迫った。
——まずは『マインド・ゲーム』、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞受賞おめでとうございます。
ありがとうございます。
——今のお気持ちは。
やっぱり、受賞はありがたいな、と思いました(笑)。当初から作品への評価はあったんですけど、劇場公開時はそれほど多くの方々に観てもらえたわけではなかったと思うので、今回の受賞をきっかけにもっと多くの人たちに観てもらえると嬉しいですね。ただ、僕自身は受賞者の代表であって、原作のロビン西さんはもちろん、プロデューサーやスタッフ全員の力があってこその受賞だと思っています。僕もあくまでその中の一人という立場だと思っています。審査員のみなさんも、選んでくれて誠にありがとうございました。
——湯浅監督はどのようにアニメーションの面白さに目覚めていったのでしょうか。
中学3年生のときに宮崎駿監督の『ルパン三世−カリオストロの城』が公開されて、「絵が動く」ということがほんとに面白いと思うようになりました。高校の頃に見ていたのは『ゴールドライタン』の、特になかむらたかしさんが作画を担当した回。デザインには興味がなく作画オンリーで、絵のうまさや動かし方を見ていました。当時はアニメの濫造期で、きれいに動いているものが少なかったんですが、『ゴールドライタン』は凄く動いてるし絵もかっこよかったんですね。高校の頃はビデオが普及してきた時期で、レンタルビデオでパッケージを眺めて、自分が好きな絵や動きをしていそうな作品を借りてきて見てました。表紙だけで中身は違った、なんてこともありましたが。テレビで放送していたアニメもいいものをビデオになるべく録画して、それを繰り返し何度も見てましたね。作品そのものよりも、好きなアニメーターさんの描いた動きを何度も見たくて。大学に入ってからも同じようなことをずっと続けていました。ビデオでコマ送りしながら細かく動きや絵をチェックしたり。プロになってみると、人の作品をコマ送りでみるのはあまりよくないと言われるんですけど、その頃はそれが楽しかった。大学を卒業後、亜細亜堂へ入社しました。ここを選んだ理由は、やはり絵と動きが好きだった『ど根性ガエル』の芝山努さんたちがいたというのもありますし、その頃僕は児童文学にも興味があって、亜細亜堂はそういうものも単発作品として作っていましたからね。
——アニメーターにとどまらず、演出をされるようになった経緯はどのようなものだったのでしょうか。
亜細亜堂にいた頃に、本編の挿入歌のコンテや、落語に絵を付けるといったことをやらせてもらっていました。でも、これらは演出ではなくてあくまで作画としての立場からでしたね。その後入った『クレヨンしんちゃん』の本郷みつる監督の現場は「アイデアがあったらどんどん出して」という自由な雰囲気で、映画版第一作の『アクション仮面VSハイグレ魔王』の時にひとつ僕のアイデアが採用されたんです。それを元に本郷さんがコンテを書いて、僕はそのシーンの原画を描いたんですけど、出来上がった作品を観たら、アニメーション業界に入って一番といっていいくらいに面白かったんですよ。自分が考えたものが動いてることに凄く快感があったというか、嬉しかったんですね。このことがきっかけで、テレビの『クレヨンしんちゃん』で月一本くらいでコンテもやるようになりました。アニメーターをやってるときに、よく演出の人から「わかってないなー」とか言われてて井の中の蛙のような感じがあって、「なにがわからないんだ、じゃあ一度井の中から出て見てやろうじゃないか」みたいな反発もあったんですけど(笑)。それに自分がどれくらいできるのか興味があったし、演出経験は作画にもプラスになるだろうというのもありました。また、僕はこれまで運良く本郷さんや原(恵一)さんといった優れた演出家さんと一緒に仕事をしてきてるんですが、自分がこのままアニメーターとして40歳50歳になったときに、どういう演出家の下で仕事することになるんだろうっていう不安もあったんですね。自分で演出ができるなら、気が合わない演出家の下でストレスをためることもないですからね。劇場の『クレヨンしんちゃん』のときに僕は設定をやってたんですけど、そういうときにあれこれとアイデアを沢山書くんです。もちろん勝手に考えただけではそんな意見は通らないんですけど(笑)、でも自分が演出ならそれを使えるじゃないですか。自分が考えたものがそのまま映像になるのが演出をやっていて面白いところですね。
――そうして『マインド・ゲーム』で初監督をされたわけですが、声の出演をされた芸人さんの顔写真を取り込むなど、様々なスタイルの実験的演出が取り入れられています。これらはどのような効果を狙ってのものなのでしょうか?
ラフな感じにしたかったんですね。ロビン西さんの原作が凄く勢いのある絵なんで、異物を入れた方がよりその感じが出せるかと。実写映画のCG画面って、実写とCGを混ぜ合わせて作ってますよね。全部をCGで作ると人間の意図通りになり過ぎてリアリティが出ないんだと思います。そこで『マインド・ゲーム』でも、全部を絵やCGできっちり描いちゃうと意図通りでラフな感じが出ない。それで絵もいろいろ変化して固定せずにいい加減な感じを出しつつ、リアリティを持ってる写真と組み合わさることで不思議な感じが出せないかなと。コラージュみたいに、いろんな絵がばらばらのままなんとなくまとまってる感じになればなあと。主人公たちが世の中に対してはっきりとした現実感がない時は背景もラフになったりと、流れを考えながらやってました。その方が映画も面白いんじゃないかと。きちんとしたストーリーがあるので、絵はきっちり統一して作らなくても、今の時代なら観客も昔より柔軟に見てくれるだろうと思ったんですね。とはいえ、原作が面白いから企画があがったんで、原作を大きくはずれるってことは考えてないんです。でも原作は、実は後半ちょっとついていけない部分が個人的にはあって(笑)、それを自分がわかる形に納めようとしていくと映画版のような形になるんですね。わからないままやると失敗すると思いますし。OVAの『ねこぢる草』の時も、原作は世の中の矛盾を暴力的に突いて笑う作品なんですけど、その感覚は自分にはなかったので、原作の中のちょっと希望のある話をメインに入れて、その救いにリアリティを持たせたいが為に残酷な矛盾を入れていくのだと、自分の納得できる考えをもって作りました。『マインド・ゲーム』はかなり思い切って前向きなものとして作ってますけど、この場合は言い切ることに快感があるというか、大事だと思ってます(笑)。言い切っちゃわなければ出来ない事もいっぱいあると思います。
――アニメーションの現場が、セルを使ったアナログからデジタルへと変化したことで、作り手の意識や作り方にはどのような変化がありましたか?
今まで不可能だった構図もとれるようになったので、コンテはかなり自由に描けるようになりましたね。逆にめんどくさくなったのが、ちょっとした効果。セルだったらちゃっちゃっとじかに塗ればできたものが、デジタル化したことでキャラクターのデータ、効果のデータと一枚の絵を3つくらいにレイヤーを分け、それぞれ別に出来上がりを想像しながら描いていく必要があるわけです。そういうところはすごく面倒になってしまいました。もちろんその分できることも広がってるはずで、例えば鉛筆で描いたラフなタッチをそのまま取り込むことができるので、デジタルを使うことで、かえってよりアナログな感じを出すこともできるようになった。そういうのを意図的に入れていきたいですね。デジタルだと絵の印象が凄く硬くなるので、わざと線をゆがめたりとかの工夫をして、できるだけ絵の味を出すように考えていますね。デジタル化ならではの可能性は無限にあります。でも、ありすぎてどうしたらいいかわからないところもある。臨機応変に「これ入れたい」と思えば、すぐに入れ変えることもできるし。前は撮り直しとかの必要があったので大変だったけど、デジタルならすぐに修正ができますし。何度でも試せる。データだから再現なく直せるし。色塗りとか編集とか差し替えとかが凄く早くできるようになったので、昔より製作現場の状況は悪いはずなのにテレビであれだけの本数のアニメを放送できてるのは、やはりデジタルだからだろうと思います。
それと、デジタル化で一番大きいのは、誰でも作れるようになったってことですね。一般の方でもパソコンとソフトがあれば個人でできるし。ただ、ハードルが凄く低くなって誰でも作れる分、志が高くないと、適当なところで安心しちゃうところがあるのかな、と思いますね。今はどんなアニメを見ても昔よりきちんと「作品」にはなってるけど、「動かす」という気持ちは少なくなってるみたいですね。絵を動かしたいっていう要求が、昔よりないのかな…と。演出や絵で見せていく作品が多いですよね。絵のクオリティを上げたために、動かすのがより困難になってきているのかも。僕はもっと、絵がしょぼいとかは気にしないで、とにかく動かしたい。キャラクターが走って、風景が動いていくのが好きなんですよ。一緒に走りたいというか。だから僕の作品は主観の構図が多いんですけど。あと、今はDVDの売り上げ込みでやってる分、何度も見られることが前提なので、絵がきれいじゃないといけないというのがあって、それが悪い方向に行ってる気がするんですよね。絵はきれいだけど動きやポーズがつまらないというか、アニメーションらしい魅力がある作品が少ないんですね。
デジタル化で自由になっていく分、それだったら実写だとかフル3DCGでやった方がいいんじゃないかってところが増えてくるとも思うので、これからは2Dのアニメだからこそできることは何かっていうのを考えながらやっていくつもりです。素材として今は実写の方が面白いと思うんですよ。実写だからこそCGによって幅が広がって、ほんとに自由になっている気がするんですよね。でもあえてアニメの、平面だからこその効果を考えたものを作っていきたいなと思います。
アニメーションは子供に対して世の中の面白いところをわかりやすく伝えるのに一番いい手段だと思います。世の中に対してうまく溶け込める子は幸せだと思うんですよ。自動車が好きで、大人になって自動車工場に入れるとか。僕は子供の頃、アニメとかマンガの世界の方がかっこよく感じていて、現実はごちゃごちゃと複雑でわかりづらくて、世の中にうまく溶け込めなかった。そういうのは子供にとって不幸せだと思うんですよ。今、僕はアニメーションのためにいろんなことを図鑑やなんかで調べたりするのがすごく面白い。たとえば雨が降ったら山にたまってそれが流れて川になって中州ができて地形が変わるとか。それを知って実際の風景を見ると面白かったり、そこから広がって色んな事を学んだりします。アニメだったらそういう事柄をシンプルに面白く伝えることができると思うんです。同じことを実写で見せようとすると、撮影するにしてもかなりの手間がかかって、余計なものも画面に写り込みますから、難しい。アニメは基本的に絵ですから、描きたいものや見せたいものを強調して、子供たちにわかりやすくシンプルに見せることができる。そういいながら『マインド・ゲーム』なんかは二十歳前後か、もうちょっと高い年齢向けですけどね(笑)。
今は短編を一本制作中なんですけど、そのうちテレビシリーズをやってみたいですね。今度は監督で。『マインド・ゲーム』は原作がありましたけど、今後は自分でお話も作れるように勉強していきたいですし。通りやすい企画は大人向けだったりするんですけど、最終的には子供向けのものをやりたいですね。『ドラえもん』とか『オバQ』とか『花のピュンピュン丸』のような、自分が子供の頃に面白いと思ったようなものをやれるといいですね。(終)
取材・文: 田中 元
写真: 金子 亜矢子


