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福井 信蔵

インタビュー

福井 信蔵 (ふくい しんぞう)

1959年 神戸生まれ。アパレル出身の経験を生かしファッションブランドの広告やブランディングを多数手がけた後、1994年独立。同時にウェブデザインを独学で開始。2000年にデザイン集団「ビジネス・アーキテクツ」を設立。数々のグローバル企業のために多岐にわたるクリエイティブサービスを展開。2005年に同社を退社。現在充電中。1995年ロンドン国際広告賞、1995年GRAPHIS DESIGN、1999年Web Design Award金賞、2003年OneShow Gold、2004年OneShow Bronze、2005年Communication Arts等、国際的なデザイン賞を多数受賞。

福井信蔵氏は、インターネットの黎明期からウェブデザインに携わり、いまやウェブデザイン業界において知らない人はいないという有名ディレクター。その活動範囲はウェブデザインだけにとどまらず、企業のブランド戦略やトータルなクリエイティブワークなど、これまでのデザイナーの活動範囲からさらに一歩前に進んだビジネス戦略におけるソリューションを提供し続けている。グローバルなデザインとは、そしてクリエイターに必要とされるものは何か。ウェブディレクターになった経緯から、これからのデザイナーに求めることなどについて、福井氏に話をうかがった。

[Interview1] ウェブデザインは独学で学んだ

――まず、ウェブディレクターになった経緯を教えてください。

もともと僕はウェブがなかった時代は、グラフィックデザイナーであり、アートディレクターとして、ファッションブランドの立ち上げや、広告などのブランド・コミュニケーションに関わり、主に印刷媒体を手がけていました。

あるクライアントの会社案内を作成するというコンペがあって、最初のオリエンテーションでは24ページくらいのものを制作したいという話だったんですね。ところが、そのクライアントはグローバル・コミュニケーションを開始しなきゃならいない時期にあることをオリエンで知り、とても24ページじゃ足りない。そこで、一応規定課題として24ページのものも作成したのですが、もう一案、会社案内ではなくコンセプトブックを提案したら、それが通った。それで一冊そのまま立つような400ページのコンセプトブックを企画して制作。その仕事でGRAPHIS DESIGNとかロンドン国際広告賞といったグラフィックデザインの国際的な賞を色々もらっちゃったんですよ。

当時の感覚でいくと、日本ではそうした外国の重要な賞を受賞すると、突然に「先生」扱いなんです(笑)。でも、そんなことよりも、自分のデザインのスタイルがグローバルな審美眼で認められたことに、すごい達成感がありましたし、広告関係者がほしくてたまらない賞をいただいたことは、自信に繋がりました。そんなときに、そのクライアントから「ホームページをつくりたいんですけど、福井さんコンピュータ使ってますよね?」って連絡があったんです。その時に初めてインターネットに出合って「え、何ですか、それ?」ってなった(笑)。

それが93年です。当時のNetscapeはバージョン0.9。ダイヤルアップでアメリカのショッピングサイトや、まだ灰色の背景だったYahoo!を使って、「なにこれ、すごい!」って一気にはまっちゃった。でも、その会社のホームページをつくることになったものの、HTMLをどうすればいいのかといったコーディングのマニュアル本なんて日本では一切出版されてない。ネットの中でドキュメントを検索して調べて、自分で全部解析して一生懸命覚えましたね。MacにHyper Cardというインタラクティブなソフトウェアがあって、それをさわっていたのでレイヤーやリンクという仕組みや構造は直感的に理解していたんですが、HTMLのコーディングとは格闘しましたね。

そんな大変なことに取り組まなくても、「先生」として仕事をしていればよかったのかもしれませんが、国際的な賞を受賞したときに深い達成感があったので、そこに自分がとどまりたくなかったのかもしれません。

[Interview2] 限界の中でウェブデザインに挑戦していた

――独学でウェブサイトを作成していく際に、どのあたりで苦労されましたか。

当時のブラウザにはレイアウトのためのタグなどもなくて、バックグラウンドに色が使えるようになったのもずいぶん後。もうデザイナーとして両手をもがれた状態の中で表現を考えるという状態に苦悩しました。でも、ブラウザが進化するにつれて表現レベルをあげていくことができたり、バグの報告と共に、ほしい機能のリクエストを出すと、それが次のバージョンのブラウザに追加される。これは驚きであり、すごく楽しかった。ソフトウェアの開発に自分たちデザイナーがコミットできることに、深い充足感がありました。実際に食べているのは広告や印刷物の仕事なんですが、頭の中の80%くらいはウェブのことを考えていました。それで「shinzo.com」という自分のサイトをつくったんです。新しい技術や表現を試した自分の作品を紹介していたのですが、それに対する世界中からのダイレクトな反応が楽しくて、ますますハマっていきました。

ウェブデザインに関しては、最初から仕事としてかかわっていたことが幸いしましたね。仕事だから真剣にならざるを得ない。いちばん最初につくったホームページは、グラフィックデザイナーとしては許せないできあがりなんですよ。大きい画像は使えないし、バックはグレーだし、あまりにもできることが少なすぎた。紙の上ではありえなかった限界値がたくさんあって、頭の中のイメージ通りに表現できない。だから技術を限界まで研究しましたし、基礎を徹底的に追いかけながら制作していました。そんななか、オリジナルな発想で、いかに完成度の高いものをつくるかが自分に課した課題であり、同時にそれが技術を勉強する原動力でしたね。

――ウェブデザインの仕事にシフトするようになったのはいつ頃でしょうか。

大きくシフトしたのは、2000年にビジネス・アーキテクツを設立してからです。当時、社会におけるインターネットの発展が高まることははっきりしていましたが、総合的にウェブサイトを開発できる会社がなかったんです。サイトの構築にはさまざまなスキルが要求されます。当時から現在も、ネットの技術はものすごいスピードで進化していくので、1人で全部は到底追いかけられないんですよ。そこで各分野のスペシャリストが集まって、ネットを使ったコミュニケーションにおける真のプロフェッショナルサービスを提供していこうとなったわけです。

[Interview3] ウェブデザインで一番重要なこと

――ウェブサイト制作の際に特に意識してきたことは何でしょうか。

ひとことで言うと、コストじゃなくて投資としての仕事をやりましょうということでしょうか。旧来はメディアの枠の中に表現を組み込んで行くコミュニケーションなので、花火を打ち上げて、消費されて終わりとなるケースが数多く見られます。それは広い意味でメディア自体が固定されているからですが、インターネットはそれ自体でも、他のメディアとリンクさせていくことによってでもブランドの「経験」を与えることが可能です。そのためにエンターテインメント性のある表現は効果的なのです。さらにアクセスに即座に反応出来るなど、枠を決めるのではなく、いく通りにも変化させていけるのです。

そうした独特のメディア特性を持った「場」において、いま認知されたいことは何か、と同時に、継続的に理解され続けたいこと、つまり投資に値するコミュニケーションは何か、といったことをちゃんと認識したうえで継続させていくことを志向してきました。ネットでは昔のコンテンツがちゃんと生きるんです。アーカイブされた状態が優良なコンテンツとして存在しつづけることができる。逆に、そうしなければコストを垂れ流すことになります。だからこそ、継続的に何を続けるかを考えることは重要なのです。そのつど新しいことを続けながら、それが積み重なると何に繋がるかを常に考えて行かなければなりません。

また、企業の場合は、サイトの出来のよしあしが企業全体の理解に大きく影響を与えます。同時に、ひとつのプロモーションが企業のイメージを下げることもあります。読み手や受け止め手を絞って行う従来のメディアコミュニケーションとは根本が違うのです。さらにユーザーの意識を巻き込めるメディアです。だからこそ繊細にもてなす意識を持って取り組まなければならない。しかし、こうした話は社長さんや経営企画室などには理解してもらえますが、予算を達成しようと事業を動かしている方々には中々伝わりません。自分たちのしていることをユーザー側に立ってトータルに見るという視点に立ってもらうのが一番難しいことでしたね。

――デザインはどの段階で決定していくのでしょうか。

ひとくちにデザインと言っても、インターフェイスとコンテンツではプロセスも着手するタイミングもまったく異なります。でも情報も表現も設計というプロセスが重要ですね。

企業が行なうコミュニケーションには、グローバル、リージョン、カントリー、ビジネス、プロモーション…と、ターゲットとのコミュニケーションの深度が何段階もあって、いちばん身近なのがサポート。つまり企業が1人の顧客とダイレクトに向き合わなくてはならないレベルになります。それぞれのレベルに応じてコミュニケーションは当然変わるわけですが、それぞれに有効なデザインを起こしながらも、そこに企業としての一貫性を与えなくてはなりません。 最も抽象度が高いのがグローバル・ブランディングで、極端に言えば世界中の誰もが、同様のイメージを持てるようにする仕事です。そうした広いレベルを対象にした仕事と、来週の売り上げをどうにかあげたいという仕事では、当然ターゲットと戦略が異なってくるわけですね。そこで個別にコミュニケーション行っていては今までどおりでしかない。全体と個をどう結びつけるか。そこにデザインを使った設計が必要になるわけです。

たとえば富士フイルムの『Forest Forever』の場合は、グローバルなブランディングとして「環境問題」を取り上げ、企業の姿勢を伝えるコンテンツを開発しました。このプレゼンの時に提案した案はいくつかあって、ひとつは『Feel the Color』という色に関するブランディングコンテンツ。これは富士フイルムの技術を伝えるものでした。また、コミュニティ形成のために幅広い写真を特集して行くマガジンの提案や、昔の写真と現在の写真をユーザーにアップしてもらい、それらをウェブ上で結ぶというコンセプトも出しました。これは写真の持つすばらしさを伝えるものです。そういう風に、それぞれあるべきコミュケーションとその対象をいろいろ変えて提案し、最終的に決まったのが『Forest Forever』です。海外で評価されるレベルのものをつくりますから、とクライアントに言っていたので、「Communication Arts」のアニュアルに選ばれたときは、本当にホッとしました(笑)。

[Interview4] 走り続けて充電をしていなかった

――-仕事と私生活の切り替えはどのように行なっているのでしょう。趣味から仕事のインスピレーションを受けることはありますか?

これまで、趣味も仕事だったんですよ。デザインを考えることしか頭になかった。それで僕は結局行き詰まってしまいました。会社を率いていく仕事も満載の上に、同時に現場でプレイヤーとしてやっていましたから本当に多忙でした。そして、今思うと休みを取るだけで本当に充電をしていなかった。常に自分の中から何かを出し続けながら、ずっと走っている感じだったので、余裕も無くなり、自分を追い込んでしまいました。

今はいろいろな意味で充電する期間です。美術に触れたり、本を読み直したりしながらいろいろなことを考えています。映画もとても勉強になりますね。良い映画は見る人にあれこれ考えさせないくらい、引き込む力をもっている。文章もそうですね。たとえば芥川賞のデビュー作を色々探して読み直してみると、いちばん最初にその作家が書いた文章は新鮮でアイデアが詰まっている。自分をどう表現するかという格闘がひしひしと伝わってきます。

もちろん、仕事中毒だった中で学んだことも沢山あるんですけど、それはどちらかというとハウツー、つまり手法なんです。手法がよくても、そこに何を入れるかというコンテンツが大切ですからね。

――デザインの際にご自身の作家性を入れるようにしていますか?

基本的にはその意識はないですね。キャスティングする写真家やアーティストの個性を生かすようにしているつもりです。でも、僕がつくると必ず「あ、信蔵っぽい」と言われてきました(笑)。自分がディレクションしている限りはやはり何かが出てしまうんでしょう。でもこれは仕方ないですね。

[Interview5] 意識を常に先へ

――これからクリエイターやウェブデザイナーを目指す人たちへのアドバイスをお願いします。

「いつか天下取ったる」と思い続けること。これを忘れたらあかんよ。立ち止まらずに、進化させることができることから目をそむけてはダメ。今は簡単にかっこいいものがつくれちゃう。でも表面的なことではなくて、重要なのは思想。勉強して、才能があれば見た目のいいものはつくれるようになるけど、そんな程度をゴールにしてはダメ。考え方の根底から覆していくような表現って何だろうと意識を持ち続けられるかどうか。僕も意識の中では、ずっと先のことを考え続けてきました。今、自分の目の前の状況は、すぐにアウトになると捉えるんです。技術的に出来ないからとあきらめずに、本当ならこういうデザインであるべきと言える状態とは何か、そこに向かって自分に何ができるのかを、常に考え続けることですね。

学校や職場など、現場で学ぶ広告やデザインは、過去に行われたことを集中的に演習して身につけること。それは基礎だからキチンとやる必要があります。でも、それをやりながら、同時進行で未来のことを考える。時代を切り開いて行くのか、時代を追いかけるか。先に行きたいなら過去、現在と同時に未来を考えないとダメ。そして今すぐ始めないと、後でやろうと思っても絶対にできない。メディアや表現にしばられずに、広い意味でのエンターテインメントとは、自分が気づきもしなかったことに出会ったときのわくわくする気持ちなんですよね。

あと、自分のためになるような経験をたくさん積むことも大切。無駄なお金の使い方をせずに、本当にいいものだけを自分の中に刻み込むように心がける。僕もまだ食えなくてお金がなかった頃でしたが、海外のファッション雑誌やデザイン年鑑だけは無理して買ってましたね。それでボロボロになるまで見て、自分で研究して一生懸命刻み込んでいました。そうやって、刻まれたものは一生忘れないし、自分の肥やしになるんです。目を研ぎすますことができれば、本当にいいものが選べる、わかる。そこは自分で努力しないと、誰も教えてくれません。

今は情報過多だから、ちゃんと意識していないと余計なものまでが経験として入ってきてしまう。何がいいものなのかを判断するのはすごく難しいですよね。自分にしっかりと強い意識をもっていれば、人に聞かなくても善し悪しが自分で判断できるようになります。「何となく」これでいいんじゃない、というのはデザイナーやものづくりをする人には危険な状態です。

自分が何をやりたいのか、現状に満足していてはダメですね。もっと先に意識をもっていくことを心がけてほしいです。

取材・文:岸田 麻矢
写真:田附 愛美

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