
「文字が好きになったきっかけは、誰かのイニシャルのマークをみてかっこいいと思ったり、いい企業やいい商品はいいロゴタイプだなと感じたりしたことですね。それから、新聞の見出しに使われるふつうの明朝体の活字。文字としてというよりも構造物として、完璧だと思ったんですね。なぞって書いてみたりしましたよ。そんな時にレタリングというものを知ったので、それに飛びついた。書体名なんて何も知らないけど、自分のマークつくってみたりするのが好きでした」
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「無難なものと冒険があったとしたら、冒険を選ぶようにしています。無難を選ぶと、本当に無難でつまらないものになってしまう。冒険を志すとみんなの士気も高まるわけですね。制作者側も新鮮な気持ちがないと新しさは出せない。新鮮なものをつくるには冒険をするということ。やったことないことやってみようと思うことが大切ですね」
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「制作をスタートした段階では、完成品がはっきりしているわけではありません。みんな茫漠とした目標しか見えていないのですが、実際の制作過程では具体的なことがいろいろ起きますから、そのたびに、話し合ったり、確認しあったりしているうちに、だんだんと整っていくわけです。漠然とした目標を具体化する時に楽しみが生まれるし、起こったできごとに素直にしたがうことでいいものができる。思い込みに強引にあてはめようといってもそうはいかないですね」
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「デザイナーは、できれば匿名性があってほしい。それを見るとその人を思い出すというのはちょっと困る。道具だったら、その道具の向こうにデザイナーの顔がちらちらするのではなくて、まず道具がすばらしくあるべき。どうしてもデザイナーには個性があるから、なかなかそうはいかないとは思いますけどね。僕はデザイナーなんていらないっていつも怒っています。悪く言えば、余計な装飾をするのがデザイナーです。僕自身も危なくなることがあるから、自分への戒めでもあります。これだったら自分がやった意味がないって思いがちだけど、目的は自分をあらわすことではないですよね」
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「子どもの頃、細くて小さくて、力もなかった。だからバドミントンだったら、やわなスポーツだろうと思って高校の時に始めました。その考えが間違っていることは後でわかるんですが、おかげで背が伸びたし、意外に自分にフットワークがあることがわかって楽しかったですね。卒業する時には体育部長にまでなってしまいました。そういう意味ではコンプレックスだったことが自信につながった。今でも、いつでもやる準備はできていて、バドミントンをやっている時だけは、気持ちが高校生に戻る。デザインのことも、広告のことも全部忘れることができますね」
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世の中の経済の振興ぶりについて非常に批判的と語る葛西氏の広告には、ゆったりとした雰囲気があふれている。その理由をたずねるとこんな答えが返ってきた。「自分がゆったりしたいからですね。田舎で遠くの風景を見て、うまい空気を吸っていると時間が長く感じるし、居心地がいいですよね。せっかく僕らがそういう場所に行っているのだから、それを伝えたくなるわけです。僕らだけが味わうのではなくて、できればお茶の間にも運び込んで、今の日本はこうだけど、こういう風景が本当はあなたの中にもあったはずで、それを忘れているんじゃないかな、だからそうできないんじゃないかなと伝えたいです」
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