Vol.4 一条 ゆかり

  • インタビュー
  • キーワード
  • 作品リスト

今年でデビュー40周年となる“少女マンガの女王”一条ゆかり氏。『デザイナー』『砂の城』『有閑倶楽部』など、ドラマチックなストーリーと巧みな心理描写で、少女マンガにおけるヒロイン像や恋愛の新しいかたちを生みだし、現在も人気作家として少女マンガ界の第一線に立ち続けている。これまでの道のりから、最新作『プライド』(第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞作品)について、そしてこれからのクリエイターに求めることなどについて、一条氏に話をうかがった。

[Interview1] 大家族のなかで育った子供時代

――小さなころはどんな子供でしたか?
6人兄弟の末っ子だったんですけど、貧乏なのに私だけが家の手伝いをやらされていて。なにしろ両親の間に、姉・姉・兄・兄・兄・私という家族構成で、姉ふたりは年が離れていたから学校へ行っているし、母は昔かたぎの人だったから“男子厨房に入らず”で兄たちは家事をまったく手伝わない。それに父親があまり仕事をしない人だったものですから、家計を支えていたのも母。だから母が帰ってくる前に私がやらなければいけないのが、薪でご飯を炊くこと。すごいですよ、大家族だから1回に1升のお米を炊くの! しかも当時住んでいた長屋には水道もなかったから、共同の井戸まで水を汲みにいって。だから小学校の高学年になるころには、母が「二杯酢!」って言えばすぐにつくって渡すみたいな手際のよさで、家事ならなんでもできるようになっていましたね。

――マンガ家になりたいと思ったのはそのころから?
小学校低学年くらいから、お絵かきをしていると周りの子たちが褒めてくれるもので、すっかり調子にのって「お姫様描いて!」なんて頼まれては得意になって描いていましたね。それでどんどん絵を描いているうちに、小学校高学年あたりになるとだいぶうまくなっていたから自信をつけちゃって。小学校の卒業文集で将来の夢を書くとき、ほかの子たちが“アイドルになりたい”という感覚で、私は“マンガ家になりたい”と書いたんだけど、生徒のなかで私だけだったらしくて、みんなに笑われてしまいました。
中学校に入ってからはイラストに近いものでは飽き足らなくなってきていて、ストーリーのあるマンガ形式になってきたかな。中学3年生のころにはもう“マンガ家に絶対なる!”と決意していました。そのために進学先の高校も変えたんですよ。成績は結構よかったので進学校に進むつもりだったんだけど、「家で2、3時間勉強するのはあたりまえ。もちろん宿題は別」と先輩に聞いて、冗談じゃない! マンガを描く時間がなくなる!と思って、兄が通っていた、家から徒歩5分の商業学校へ行くことに勝手に決めました。当然親にバレてしまって怒られましたけど(笑)。おかげで素晴らしく時間ができて、じつは高校へ入ってしばらくは、教科書を全部学校に置いてたの。毎日マンガの道具とお弁当だけを持って通学してたんですけど、あまりに態度が悪いと兄に叱られて止めました。学校から帰ってからは、深夜ラジオを聞きながらずーっとマンガを描いてましたね。

[Interview2] デビューまでの道のり

高校2年のときには貸本を出版する若木書房から単行本を出し、マンガ家になるという夢を具体化していった一条氏。その後、「少女フレンド」(講談社)の新人漫画賞に応募したことをきっかけに、講談社の担当者に1年ほど作品を見てもらいながらデビューを待っていた。

――投稿を始めたのは高校生になってからですか?
私は雑誌デビューの前、16歳のときに貸本屋の単行本でいちどデビューしているんですよ。でも貸本屋さんっておもしろくなくて、読者の手紙が来るわけでもないし、編集部に打ち合わせに行くわけでもない。手ごたえがまるでないんですよね。
それでやめようと思って、講談社の新人漫画賞に応募したんです。ちょうどその前の年に私のひとつ年上の里中満智子さんが16歳でデビューしていて、何となくライバル意識を燃やしたりして。それで結局は4位になってしまったんですが、私の作品を推してくれた編集者が連絡をくれて。その人について、1年間勉強しました。
でも実際にはマンガの勉強というより、マンガ編集部の勉強をしたような気がする。たとえば編集部の人が「まあそのうちにね」と言ったら絶対に原稿依頼はこないとか(笑)。あとは「線が硬い」「動きが硬い」っていう言葉ね。それは「デッサン力がない」ってことなんだけど、当時の私にはわからないから「線が硬い? それならペンを替えよう」ってGペンを使ってみたりとか(笑)、試行錯誤しながら覚えていきました。

――当時は10代でデビューする人が多かったですよね。
10代のデビューは普通でしたね。里中さんが16歳でデビューしたときには「大変だわ、私も16歳でデビューしないと」って焦りましたし、「別冊マーガレット」(集英社)では同い年の美内すずえさんも16歳でデビューしていたから、それでまた「キリキリ!」って。田舎でしょっちゅうキリキリしてました。

――そして高校3年で投稿した『雪のセレナーデ』が第1回りぼん新人漫画賞に準入選。集英社「りぼん」での雑誌デビューが決まります。
もう少しでデビューかな、という時期に、講談社の担当者が何を血迷ったのか、「試しに、ちょっとほかの雑誌にも原稿を送ってみたら」と言ってきて。ちょうど講談社に送ろうと思っていた32ページの原稿を持っていたので、当時好きだった「別冊マーガレット」に投稿してみようかと。それで郵便局に持っていく途中、毎日通っていた貸本屋さんに立ち寄ったところ、表紙に「水野英子」って書かれた「りぼん」(集英社)が置いてあったの。ページをめくると「第1回りぼん新人漫画賞」という募集広告を見つけて、しかも賞金が20万円! 思わず賞金に目がくらんで、その場で封筒のあて先を「りぼん」に変えて送ったわけ(笑)。
結果は、一席なしの準入選で、同じく準入選した弓月光と10万円ずつ賞金をいただきました。それで本格的にデビューが決まったので、急いで講談社の担当者に相談したんですよ。そうしたら「きっと普通の新人よりも面倒を見てくれるはず」と言って、集英社でデビューすることをすすめてくれたんです。後で編集長にものすごく怒られたそうですが、私としては本当にありがたかったですね。

[Interview3] 自分の原点に立ちかえった『プライド』

『ジョジョの奇妙な冒険Part7スティール・ボール・ラン』

©一条ゆかり / 集英社

デビュー以来「りぼん」の看板作家としてトップに立ち続け、『デザイナー』『砂の城』『有閑倶楽部』など次々とヒット作を世に送りだしていった一条氏。90年代からは女性マンガ誌「コーラス」(集英社)へと活動の場を移し、現在は最新作『プライド』の連載に全力で取り組んでいる。

――現在連載中の『プライド』についてお聞きしますが、この作品はどういった経緯で生まれたんですか?
それは「連載をやれ」と言われて仕方なく(笑)。長いことマンガ家をやっているんですが、いつも次を描くときにネタがなくて困るんですよ。私は、本当に悩んだときには「初心に戻れ」と思っているので、今回はそれを実践しました。
そこで「自分の初心って何なんだろう」と考えたら、やっぱりデビュー作ではなくて、『デザイナー』が、自分で描きたくて描いた作品だろうと。『デザイナー』で一番描きたかったのは“仕事をしている女のプライド”なんです。だから今度は“人間としてのプライド”を描きたいなと思ったのがスタートですね。

――作中では、お嬢様育ちで気高く生きようとする“史緒”と、家庭に恵まれずに汚い手を使ってでも成りあがろうとする“萌”が登場し、声楽家を目指して熾烈な戦いを繰り広げます。ふたりの女性は性格や家族関係などの背景に至るまで、対照的に描かれていますね。
プライドなんてなくても生きていけるし、あるとむしろ邪魔になって自分を縛りつけるものになる。それがあったほうがいいのか、むしろ無いほうがいいのか。人の誇りと尊厳って何なんだろうって考えたときに、自分自身に誇りをもつ生き方と、誇りを捨ててでも自分の目的を果たす生き方を選ぶ、2種類の女子を主人公にしようと思ったのね。
世界中すべての人たちがいい人なら、誇りと尊厳を守っても全然オッケーだけど、世の中そんなに都合よくはいかない。でもそんな生き方しかできない子と、自分のしたいことのために犯罪ギリギリのところまでやってしまう子がどうやって戦うのか。
そうすると、きっと金持ちエリアで戦わないとダメだろうなと。「何が何でもがんばるわ」というのは貧乏の子だから、その子が貧乏エリアでがんばっていても、金持ちの子はどうしていいかわからないだろうし。

――そこで華やかなオペラの世界を舞台にしようと。
最初に思ったのは乗馬なんです。露骨に金持ち系でしょ(笑)。でも乗馬だと、最終的に目指すのはオリンピック。それだとフェアプレイになるじゃないですか。そんなアマチュアの世界はイヤだったんです。姑息な手を使おうが、卑怯なことをしようが、“結果がすべて”というプロの世界で戦わせたかった。それに乗馬の世界だと、ストーリーの展開によっては馬がケガしたり骨折したりするかもしれない。動物が死んだりするのを描くのはイヤなんですよ。人間だったら全然かわまないんだけど(笑)。
それで、次に金持ちエリアの場所といえばやっぱり音楽関係かなと思って。ピアノは普通の子も習っているから、バイオリンとか指揮とか色々考えるうちに、オペラにしようと。問題は私がオペラのことを何も知らなかったということ。慌てて勉強したんだけど全然追いつかなくて、本当に苦労しています。

――連載をはじめるにあたって、緻密に取材を重ねたとうかがいましたが。
こんなに取材して作品を描いたのは、生まれてはじめて。とくにウィーンは細かく調べています。本当は、読んだ人は行ったことないだろうからわからないだろう、と思っていたんだけど、なんと、プロのオペラ関係者たちもこの作品を読んでいると聞いて、「やばい! 本当に楽友会館に入ったことのある人たちが見ている」って(笑)。
おかげで今では楽友会館の見取り図まで描けますよ。主人公の動線から、階段を降りてきて控室がここにあって、トイレはここ、とか…。全部覚えてしまいました。

――『プライド』を描いていて楽しいと思うことはありますか?
ないです! 本当に余裕なく描いているんですよ。もう自転車操業という言葉がぴったりなくらい。描きながら「ここはどうなんだろう?」って疑問に思ったらすぐにウィーンに電話したり、夜中にピアニストの方に電話して「チューニングってさ〜」って聞いたりして。
いかにもありそうなことで、ウソの話を描くときは、話の中心以外のところで正確なデータを入れておくと説得力が出るんですよ。『プライド』はそういったことがとても必要な世界で、「これは夢見る世界じゃないのよ」と言いたいときに、現実を正しく描いておくと、主人公たちの存在が引きたつの。読者に「こんなことあるわけないじゃん」と思われてしまってはダメなんです。

[Interview4] マンガは“省略”が難しい

一条先生はネームを切らずに直接原稿に描きだすそうですが、今でもネームは切らないんですか?
最近では難しくなってきて、ネームを切るようになりました。ただ全部は描きません。今でも調子が良いときはそのままバーッと直接原稿に描きだすんですけど、詰まってくると消しゴムで何度も消していくからどんどんイヤになってくる。そうなると「仕方がないからネームを切ろう」と。
でも、ネームを切ると絶対に「ここをちょっと直そう」とか「面倒だから後で直そう」とか思っちゃうわけですよ。そうさせないためにも直接原稿に向かうんですけど、やっぱり気持ちが乗ってこないこともある。それで4、5枚くらいネームを描いて、それを直しながら原稿をやっているうちに勢いがついて最後まで描けると。
調子が悪いときには、ネームが15、6枚くらいになったりしますね。だからネームが丁寧であればあるほど、悩んでいるってことなんです。逆に、雑でセリフの字も汚くなればなるほど調子がいい。アシスタントはネームを見ればすぐに私の状態がわかりますね。調子がいいとだんだん文字が小さくなるみたいです(笑)。

――コマ割りや構成はどうやって決めていくんですか?
マンガ家の場合、大体見開き2ページ単位で考えるんです。終わりのコマに引きの絵があって、めくった次のページで場面転換を入れるとか。それから大きいコマや小さいコマのバランス。あとは与えられたページ数でビシッと決める。ページ数とストーリー、見開きのバランスの3つを同時進行で考えていくんです。どこかルービックキューブをやっているような感覚と似ていますね。

――構図や演出を考えるうえで難しいところは?
マンガの1コマって本当に一瞬で読めるくらいのもの。それで内容を理解させるためには、どうしても絵が必要になってくる。絵で描くべきことと、セリフで説明するべきところ。その選択はものすごく大変ですね。1コマに入る文章って本当に少ないんですよ。そのなかにどれだけのものを入れるのか。小説ではなく、詩を書く感じに近いですね。たぶんマンガ家は全員詩が書けるんじゃないかと思います。
文章を多く入れたほうが説明が楽なんですよ。でもそうすると、マンガとして読みにくいものになってしまう。だから絵で説明できることは絵で説明して、たとえば向き合う男女がいたとしたら、セリフで「あなた」と言わなくても、目の前にいるんだからわかるだろう、という部分を省略していく。そういった省略するところの見きわめが難しいです。

――それは作品を描いていくうちに身につけていくものなんでしょうか?
そういうものでもないですね。私は昔からたくさんのマンガを読んできたもので、そうした経験から“マンガはこうやってつくるものだ”ということを自分なりに理解して、実際に自分がマンガを描くときにそれを思いだしながらやってきた。たぶんそういったセンスは、プロのマンガ家になる前に自分で学びとっているものだと思います。

――最近ではマンガを学ぶための大学や専門学校が設立されていますが、一条先生は後進のマンガ家を育てたいと思ったことはありますか?
まったくないですね。マンガに限って言えば、専門学校に行くよりも大勢の人たちが通っている普通の大学に行ったほうが勉強になると思っているんです。マンガの最低限の技術なんて1週間もあれば学べるもの。
それよりもできるだけ人が大勢いるところに行って、人とたくさん接して、人をたくさん見て、そしてその人たちを見ながらキャラクターを作っていく。そのほうがマンガを描くときに何倍も役にたつと思う。こんなことを言うと怒られるかもしれないけど、私は本当にそう思っているんです。

――最後に、クリエイターを目指している若い人たちへ向けて、メッセージをお願いいたします。
「いい子」とか「素直な子」とか言われるようだと大抵はダメですね。私はよく「生意気だ」って言われていたんですけど、生意気じゃないクリエイターなんていません。だって新しいもの、自分だけのものを描こうとすると、それを評価する人は、理解ができないから嫌悪感を受けるんですよ。それが「生意気」という言葉になるんです。
でも、その人たちはあなたの将来を背負ってくれるわけじゃないんだから、言われたとおりにしたところで必ずつまらないものができてしまう。そこそこ小さくまとまった作品が「佳作」と言われるもので、新人のときにそんなものをつくっても誰も振り向かない。新人の作品は、壊れていてもいいから、そこに光り輝いているものが入っていないと。それを周りの人たちが嗅覚で見つけだすんだから。 だから“いい子にはなるな”ということ。ただ、あまりにも飛び跳ねてしまうとまったく評価してくれなくなるので、ルールは半分くらいは守っていないとダメですけどね。死後に評価されても何にもいいことなんかないので、やっぱり目指すなら、ゴッホよりもピカソよ(笑)。

取材・文:村山貴子
写真:田附愛美

  一条ゆかりキーワード >>

ページ上部へ戻る

Pick Up Archive 今こそ読みたい。これまでの記事をご紹介

中村 勇吾

巨匠インタビュー
中村 勇吾

ボツになるほど、引き出しが増えていくということですから...

トーチカ

作家インタビュー
トーチカ

作品をつくろうと思ってつくったものじゃないんです。始まりは...

竹宮 惠子

巨匠インタビュー
竹宮 惠子

スランプでも描くことをやめなかったことが、一番私を救ったと思う...

渋谷 慶一郎

コラム:データミュージアムは可能か? 渋谷 慶一郎

電子音楽とメディアアートの関係について考えてみると、その2つの...

押井 守

巨匠インタビュー
押井 守

実写であれ、アニメであれ、僕が一貫してやってきたことは...