座談会
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プロフィール

鈴木 太朗(すずき たろう)
メディアアーティスト
1973年、東京・葛飾生まれ。2000年東京藝術大学美術学部デザイン科卒業。2005年東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。アトリエオモヤ代表。水や風、浮力、張力等、自然の物理現象を表現素材とする。環境、空間造形作品を主に制作。機械、電子部品を使用した時間軸のある作品を数多く手がける。また企業とのコラボレートや、東京大学との共同研究、公共空間作品設置等も行なう。第7回文化庁メディア芸術祭アート部門奨励賞

青木 純(あおき じゅん)
アニメーション作家
1981年、沖縄県生まれ。2001年東京藝術大学デザイン科入学。授業課題をきっかけにアニメーションの自主制作を始める。2003年、個人制作と並行して同級生5人によるチーム「TACOROOM」を結成、活動開始(2007解散)。2007年東京藝術大学デザイン科卒業。 同年7月、株式会社スペースネコカンパニー設立。ポップでキュートをモットーに、だれでも楽しめるエンターテインメントを目指してアニメーションを制作している。第9回文化庁メディア芸術祭アート部門審査委員推薦作品

毛利 悠子(もうり ゆうこ)
アーティスト
1980年、神奈川県生まれ。多摩美術大学情報デザイン学科卒業。東京芸術大学大学院先端芸術表現科卒業。主な作品に,強力な磁力を使用した立体作品『Magnetic Organ』(2003)、エリック・サティの楽曲を使用したサウンドインスタレーション『ヴェクサシオン』(2005、三原聡一郎との共作)、プリンタにタイヤをつけて走らせる立体作品『Bairdcast Media』(2008)などがある。国内外の展覧会の出展のほか、パフォーマンスなども行なう。
作品をつくりつづけるモチベーション
司会:では、アーティストとして生きていこうと腹をくくったのはいつですか?
毛利:うーん、腹をくくるというよりは、みんなが結婚とか仕事とかしていくなか、つづけていた、という感じですね。
司会:ではつづけていくモチベーションは?
毛利: 興味があるからつづけていこうかな、という感じです。実は大学3年生までいっさい作品をつくっていなかったんですよ。美大は適当に遊びにいくところだと思っていて(笑)そんな暇ななか、2001年にNYに行ったんですよ。そのときにライブハウスやギャラリー、美術館をできるだけたくさん見たんです。たとえば、MOMAで行なわれていた9.11のスライドショーの前で市民が泣いていたようすを観たり、ティム・ホーキンソンという作家の、動いたり鳴ったりする巨大な、きたないんだか、すごいんだかわからない作品を観たり、好きなミュージシャンを観たり。結果、自分の芸術感がずいぶん広がったきっかけになった気がします。芸術のあり方をみつめるという意味では、ショックな体験でもあった。そして、自分もきちんとつくってみようと。が、気づけば学生生活も終わりに近づいていて、「やばい、時間が必要……」と、大学院に行くことにしたんです。そうしているうちに展示の機会をいただけるようになって、今に至るという感じですね。モチベーションは、展示の機会とおもしろいものつくりたいっていう自分の興味ですね。
司会:つくるうえで、自分をモチベートしていかないとつづかないと思うのですが、何か工夫してます?
毛利:飽きやすいので、展示のときなどは誘ってくれたキュレイターの人に「何か“アガル要素”ないですかね?」って聞いちゃいますね(笑)そうしたら「うちはこんなの持ってるよ」とか「こんなスペースあるよ」とか教えてくれるので。おふたりは何かやってます?
鈴木:モチベーションがあがらないというか、ピンとこないときは、ピンとくるまでいろんな角度から考えたりとか。展示の空間にいくと「ここだったら、こんなことやりたい」って思ったり。
司会:アガル要素は“スペース”なんですか?
鈴木:スペースのこともありますし、こういうことやりませんか、といただいた話がまさにそのとき自分が考えていることと同じだったらうれしいですね。
毛利:同じことやってると飽きてきませんか?
青木:結構自分で自分を鼓舞することができるたちなので、これといって特別やっていることはないのですが、強いていえば、自分を褒めてくれそうな人に会いにいくとかはあるかもしれませんね。(笑)

鈴木:モチベーションがあがらないということではないのですが、アイデアが展示までギリギリでないということはありますね。それで周りが心配したり。自分としては、焦りと同時にまだ何とかなるという気持ちなのですが。
司会:アイデアが行き詰ったときはどうやって打破します?
鈴木:日常からひろっていくしかないですね。または過去の記憶から。大学のときは思いついたことをとにかくやろうという感じでがむしゃらにつくっていたときもありましたが、今はどういう視点から切り込んでいこうかな、これだったら自分ぽいかなと考えながら、すべてがピンときたらつくるという感じですね。

司会:アーティストとして外からの見られ方、セルフプロデュースについては色々と考えています?
鈴木:うーん、どうなんだろう。もしかしたら無意識のうちに考えてるかもしれませんね。
毛利:私は、最近それがなくなってきたんです。前は自分のなかでいろんなことが決まってました。というのも、メディアアートの枠組みで作品制作をやると制限が多いんです。それは技術的なことや、機材を買うお金の話だったりするのですが。たとえば、私はサウンドインスタレーションをやることがあるのですが、その際、展示場所の音響設備の関係でここだとできる、ここだとできないなど、内容がわりと限られてきて。そうなってくると、建築的な見方でいろいろと考えていかなくてはいけない。それはすごくいい経験だし、発見はあったんですけど、一方、条件ばかり考えている自分のなかで、アイデアを生成していくプロセスが凝り固まっていく感じがあって。それを一回ぶっ壊したいって思ったんです。で、今しかできないと思っていたことをどこでもやろう、と。それが、去年とかそのぐらいなんですけれども。
昔、学校をさぼっていた頃は、ハードコアバンドでボーカルをやっていたんですが、自分も美術作品をつくっていこうと決めたときに、音楽を辞めてしまったんですよ。前は、「美術をやっていくから」ということに、自分で条件を作っていってたんですね。これもなきゃあれもなきゃだめって。でも今は、身ひとつで何ができるか、とやっと最近そう思えてきたんです。

毛利悠子さんの作品『The Execution of Scanner』(左)、『The Execution of Mary』2009の一部(右)
司会:毛利さんが来る前にほかのふたりにはもう聞いちゃったんですけれども、アーティストとしてどのように生計を立てているのですか?
毛利:正直、生計は立てられていなくって。アルバイトをしています。
これまでは美術館で展示してきたのですが、今度初めてギャラリーで展示をやることになり、作品を売るってことを意識しだしているんですよ。
司会:ギャラリーに所属したいとかありますか?
毛利:どうなんでしょうね。色々な人の話は聞きますけれども。興味があることは確かです。メディアアートは実現不可能性があるから、売れないよと言う人もいますが、売り方ですよね。ちゃんとメディアアートを売るってことが成立して、作品を売ることで食べていけるのであれば、それは理想です。今は、メディアアートを売るということが難しいので、アルバイトしながら作家活動を続けていますが。もしかしたら、トークとか音楽とか、そういうことで自分のクリエイティビティをお金に変えられるのかもしれませんね。
司会:鈴木さんと青木さんはどうですか?
鈴木:特には思わないですね。自由に動きたいというのも思っているので。
司会:将来的には作家活動だけに専念したいですか?
鈴木:仕事も作家活動も両方やりたいですね。仕事を通して自分の作品がアート界だけではなく、いろんな人に見てもらえると思うので。かといって、仕事だけだと、個人のクリエーションが小さくなっていってしまうので、展覧会もやりつづけたいと思っています。まぁ、仕事と言っても作品関連のことが多いので、仕事=作家活動ということも多いですが。
青木:出会いがあればあるかもしれませんが、今は特に思いませんね。
Next:展示について



メディア芸術界でいま活躍している若手アーティスト3名(メディアアーティスト・鈴木太朗さん、アニメーション作家・青木純さん、アーティスト・毛利悠子さん)が「アーティストとして食べていけるの?」「制作は、展示は、どうしてる?」などといったことを赤裸々に語ります。本音トークが繰り広げられた今回は、普段はなかなか聞けない制作現場の事情を知る貴重な会となりました。
前回のパート1に続いて、お楽しみください。