インタビュー
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プロフィール

トーチカ
2005年ナガタタケシとモンノカヅエによって結成された映像ユニット。音楽PV・映画予告編・企業広告などで、パンチの効いたビジュアル制作を行なう。 2006年オタワ国際アニメーション映画祭特別賞受賞、第10回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞受賞、2007年シーグラフ出展など。2006年RESFEST Japanのクロージングパーティを演出。その他、国内外での作品発表、ワークショップ等多数。2007年に手がけた広告に「UNIQLO JAPAN EXHIBITION」がある。
http://tochka.jp/
――『ピカピカ』は仕事以外のネットワークでできたものなんですね。
モンノ:作品をつくろうと思ってつくったものじゃないんです。始まりは、自分たちで楽しみたいと思っていて。実はその頃は、作品づくりはもう無理かなとあきらめていたところもあったんです。フリーランスでしているイラストの仕事に満足していたし、それで一生暮らすのもいいかなと。
――遊びの一環だったと。
モンノ:当時はまだYouTubeが登場する前だったんですけれど、『ピカピカ』の元となった映像を動画サイトにあげてみんなで共有してました。ほかにも、友だちつながりの映画祭などで流してもらっていて。そうしたらみんながおもしろいって言ってくれたんです。そうしているうちに、作品が結構たまったので、編集して1本にしようということになったんですが、せっかくつくるんだったらどこかに出さないともったいないと思って、オタワ(国際アニメーションフェスティバル)やNFB(カナダ国立映画庁)などに送ってみたんです。そうしたらオタワに通ったので、びっくりしました。結局、特別賞をいただけました。なにも狙っていなかったのですが、全部が重なってうまくいった感じです。
ナガタ:卒業した当時は、いまみたいにデジカメも進化していなかったし、YouTubeもmixiもなかった。『ピカピカ』はちょうど時代にはまったんだと思います。手法自体は昔からあったものなので、自分たちもこれを作品と思ってつくっていなかったんです。でもそれがよかったのかも。
――いまは制作活動だけをやっているのですか?
モンノ:まだ仕事もしています。『ピカピカ』だけじゃ食べていけないし。(笑)
ナガタ:僕もフリーランスで仕事をしたり、あとは大阪電機通信大学で講師もしています。それにトーチカの活動もあるので、忙しいですが。(笑)
――金銭的なことは置いておいたとして、将来は、アート作品だけをつくっていきたいですか?
ナガタ:それは思わないですね。誤解を恐れずにいうと、いわゆるアートということにあんまり興味をもっていないのかもしれません。
モンノ:仕事も楽しいですし、続けていきたいです。それに、『ピカピカ』はみんなの楽しみとして残しておきたいという気持ちもあります。
ナガタ:仕事から学ぶことも多いし、逆に言えば、仕事をやっていないと生まれないアイデアもあるので、どっちも続けたいです。
――先ほど、アヌシーに入選して、世界が広がったとおっしゃっていましたが、賞に応募する際に気をつけたことなどありますか?
ナガタ:正直、僕らはあまりお手本にならないかもしれない。なにせ、毎年いろんなところに出すんですけど、落ちる(笑)。でも、いつも人の作品をみて、なんで出さないんだろう、もったいないなと思ってはいます。
モンノ:言い方は悪いんですけれども、適当でもいいので、とりあえず出す、という姿勢は大切。コンペっていっても毎年審査員も変わるので、それに合わせる必要はないんじゃないかな。それに、コンペのためにつくってもうまくいかない。伝えたいことがあって、よくできたと感じたら自然にみんなに見せたくなるでしょ?

――トーチカは2006年の文化庁メディア芸術祭アニメーション部門で優秀賞受賞、2007年に審査委員会推薦作品に選ばれていますが、受賞後なにか変化はありましたか?
ナガタ:まず一番の変化は日本人が認めてくれるようになったということですね(笑)。昔は、飲んだくれてただ遊んでいると思われることもあって、冷たい目線で見られていたのですが、メディア芸術祭での受賞後はみんなが優しくなったというか(笑)。野良犬から血統書付きのブランド犬になったみたいです。
モンノ:海外の賞を取ったときは、みんなポカーンとしてて。でも文化庁メディア芸術祭で入賞してからは、まわりは私たちが遊んでいるわけじゃないと思ってくれるようになったので助かっています。(笑)
ーそれはとても嬉しいことです。入賞が展示などにもつながりましたか?
ナガタ:それはあると思います。受賞後に展覧会の話もきましたし、自由にやっていいよという空気をつくってくれるようになりました。

――ところで、同年代のアーティストについてお伺いしたいのですが、おふたりの学生時代の同級生はどういった活動をしていますか?
モンノ:油絵学科だったので、なかにはイラストレーターをやっている子がいたりしますね。でもやっぱり金銭的には厳しいですね。
ナガタ:僕のまわりは、映像ディレクターやWebのデザイナーなど、ほとんどがCMやPV業界にいます。
モンノ:そのなかでお互いに協力しあったり、ネットワークはとても大切ですね。
ナガタ:自分たちも含め、みんな同じだなと思います。すごく苦労しているし。アーティストになるのに王道はないというのが実感です。特に最近のアーティストはアート業界と全然ちがうところから現れているような気がします。
――これまで、制作場所はどうやって確保してきていますか?
モンノ:昔は、8畳6畳ぐらいの1DKの部屋を、自宅兼オフィスとしてキツキツで使っていました。
ストップモーションだけだったら、家で模型をつくって、撮影はスタジオでやったり。
ナガタ:それと最近は、講師をしている大阪電気通信大学のスペースを使っていますね。
――なるほど、大学の講師をやってみて、何か作品づくりに影響はありますか?
ナガタ:影響と言えるかどうかわからないのですが、プロデュースやマネージメント的なことが増えてきていますね。『ピカピカ』もみんなに楽しんでもらいたいと思って、そういう場をプロデュースしたことから始まったようなものですし。
モンノ:世界中の人が『ピカピカ』を楽しんでくれて、ひとつの文化になってきているのがいいよね。
――本日は、興味深いお話をありがとうございました。
写真:岡本 隆史
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