たった1ページという制約の中で、人間が抱える微細な感情の揺れを
鮮やかに浮かび上がらせるマンガ『センネン画報』。
文化庁メディア芸術祭マンガ部門で、2006年、2007年と2年連続で
審査委員会推薦作品に選ばれている同作には、マンガ表現が持つ可能性が
至るところに散りばめられています。
作品誕生のエピソードを通して、作者・今日マチ子さんの思考に迫りました。
通学中にスタートした1ページ新聞
——元々、東京藝術大学美術学部にいらしたそうですが、そこではどんな勉強をされていたのですか?
今日: 先端芸術表現科という学科に、一期生で入りました。授業内容はまだ安定していなかったのですが、現代アート全般を学んでいましたね。ある人は絵を描き、ある人は映像をつくるといった学科でしたが、私はミニコミを作り、自費出版物を出し、また自費流通の方法をプレゼンしたりしていました。さらに『juicy fruits』という名前の、イラストエッセイ形式の1ページ新聞を描いて本屋に卸してもいましたね。
——1ページのイラストエッセイというと、『センネン画報』の原型のように思えます。1ページという量に決めたことに、何か意図はあったんですか?
今日: 大学への通学時間が2時間半くらいあり、そのうち乗り換えずに電車に乗っている時間が30分くらいあったんです。その時間にできることは何か考えた結果、「1ページだったら描き切れる」と思いついたんです。

——その後、マンガ家になったきっかけは何だったんでしょうか?
今日: 大学生の時に、イラストとライターの仕事を半々くらいの割合でやっていたので、その延長ですね。当時はカルチャーから教育系まで色々な仕事を受けていましたが、ライティングの仕事は、感情よりも実用性を重視するものなので、自分には不向きで辛かったんですね。もっと作家性を求めたくなり、マンガ家になったんです。
——マンガ家になった当時と、今の作風はどう違うのでしょうか?
今日: 大学を卒業したての頃は、『月刊漫画ガロ』のような絵を描いていました。でも、基本的にシンプルな作風は変わっていません。当時は今よりもサブカルチャーにどっぷり浸かっていたんです。

「叙情派」の源流は寺山修司
——それでは『センネン画報』についてお話を伺いたいのですが、本作は2004年からスタートした、ブログ上でほぼ毎日更新している1ページのイラストマンガですね。スタートしたきっかけは、先ほどもおっしゃっていた1ページのイラストエッセイですか?
今日: そうですね。イラストエッセイ『juicy fruits』は200枚くらい描いて終了していました。その頃は一般の人たちがどんどんブログをはじめるようになっていた時期で、何か面白い発表の仕方ができないかと考えて出てきたのが『センネン画報』の形式でした。
——『センネン画報』の初期の作品にはギャグテイストもありましたが、現在では細かい感情の動きを切り取った、ミニマルかつ叙情的な作風にシフトしていますよね。何かきっかけがあったんでしょうか?
描き続けていく中で実験を繰り返し、徐々にミニマルな部分に向かっていきました。また宮沢賢治や萩原朔太郎など、近代の文学(詩)を読み返した時期があって、その後叙情的な感じにシフトしましたね。詩といえば小学生の頃から寺山修司も好きでした。彼の描く世界観が、元々自分の中にあった感覚にピタっとハマったんです。色彩については、これまで触れてきた身の回りの自然が持つ雰囲気や色合いから影響を受けましたね。

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- 今日 マチ子 - Machiko Kyo
- 漫画家。東京都出身。東京藝術大学美術学部卒。セツ・モードセミナー卒。2005年「ほぼ日マンガ大賞」入賞、2006年、2007年文化庁メディア芸術祭「審査委員会推薦作品」に2年連続で選ばれる。著書に『みかこさん』(講談社)、『100番めの羊』(廣済堂出版)、『センネン画報』(太田出版)、『セキ☆ララ中学受験』(みくに出版)など。『七夕委員』(河出書房新社)が7月末に発売予定。無類の猫好き。ブログ「今日マチ子のセンネン画報」 http://juicyfruit.exblog.jp/


