Vol.1 平川 紀道

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水平でない全てのベクトルは、必ず地球を貫通する。そんなスケールの世界を『GLOBAL BEARING』というダイナミックな作品で表現した平川さんは、同作で第8回文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞を受賞した。その後も柔軟で斬新な思考をもとに、インスタレーションの可能性を探りつづけている。そんな平川さんに、プライベートや作品の制作、着想、文化庁メディア芸術祭との関わり、そして今後の展開についてうかがった。

[Interview 1] private

――子ども時代から上京するまでの話を聞かせていただけますか。
いまはアートをやっていますが、中三から高三まで柔道をやってました。いまはぜんぜんやってませんが。
子どものころから絵を描いたりするのは好きでした。でも、中学・高校と柔道ばかりやっていたので、あまりアートとの接点はありませんでした。高校は理数科でしたが、美術の授業があるのは1年生のときだけでしたし。
上京したのは、東京の大学に受かったからです(笑)。もちろん「東京に行きたい」という願望もありました。実家が田舎なので、そこに居つづけるのがつまんなかったんです。

――東京での暮らしは?
東京での暮らしは、おもしろいですよ。酒を飲むところもたくさんありますし。しょっちゅう渋谷や新宿で、大学のときの友だちと飲んでいます。飲み友だちで、フリーのアーティストはあまりいません。基本的には、生活費を稼ぐための仕事をもっていて、それとは別に好きなアートに関わる人がほとんどです。

――プライベートな時間は、何をしているのですか。
本をよく読みます。まあ、作品のアイデアがどうのというのではなく、単に知的好奇心を満たすために読んでるんですけれど。もちろん本によっては、作品をつくる際の刺激を与えてくれるものもあります。でも、その刺激を目的にして本を選んでいるわけではありません。
昔のアート作品を見たり聞いたりする機会は、以前にくらべれば増えました。とはいえ、「この時期のこの作品が……」というよりも、美術史全体に興味があります。歴史的な流れを追うのは、おもしろいです。
友だちと一杯飲みながら、とりとめのない話をする。それがプライベートの時間では、もっとも楽しい時間かもしれません。

[Interview 2] What is the installation?

――インスタレーションとは何か。平川さんなりに説明していただけますか。
アートとして何かを表現をする場合、たとえば絵画だとキャンパスの上といったように、たいていは枠組みが決まっていますよね。その表現する枠組みを「空間全体」に広げると、インスタレーションと呼ばれるのだと思います。
そして、自分が表現する作品の空間的な範囲の拡がりが、ある意味では無限大である。それがインスタレーションの特徴といえるかもしれません。

――なぜインスタレーションをやりはじめたのでしょうか?

『a Plaything for the great observers at rest』 2007
『a Plaything for the great observers at rest』 2007
© photo by Hiroki OBARA
大学一年の授業で、はじめてコンピューターの介在するインスタレーションを見ました。はじめは、よくわかんなかったんですよ。ただ、何となく「こういうのもアートとしてありなんだ」と思いました。
そのときに見た映像は、クリスティアン・メラーの「ライト・ブラスター」でした。レーザー光線を回転させると幕になるのですが、その幕を自分の心拍音と連動させて動かすというものです。スモークをたいたところでそれをやると、よくわからないものが不思議な動きをしているように見えるんですね。
自分でインスタレーションをやってみようと思ったのは、大学2年のときです。学校の授業で、つくらざるをえなかったんですけれど。
インスタレーションという作品形態自体は、特別なものではなくて、日本ではおそらく1970年代あたりから脈々とつづいている表現のかたちだと思います。美大の多くの学生はそういった形態の作品をつくることに抵抗はないと思います。

――一つひとつの作品をつくりあげるのに、時間はかかりますか。

『compath』 2006
『compath』 2006
そうですね。規模の大小にもよりますし、技術的な面で新しいことに挑戦するかどうかで、制作に必要な時間が変わってきます。基本的に、自分が知っている範囲の技術を使えば、あとは作品をつくるだけなので、それほど時間はかかりません。
また、次々に新しい技術を盛り込もうと思っているわけではありません。まず「やりたいこと」があって、それを実現するために何が必要なのかを考えます。そのときに必要な技術が新しいものであれば、それを導入することになります。
時間がかかるかどうかよりも大切なのは、コンピューターを使ってインスタレーションをやっていると、どのアーティストもつくり方が似てきてしまうということです。プロジェクターがあって、プログラムがあって、あれが動いて、これが動いて……。そこからどう抜け出すかというのが、いまの僕の大きな課題です。

[Interview 3] Artwork

――作品を制作するなかで、どんなときに苦しみや喜びを感じますか?
単純作業をやっているときは、きついです。たとえば、はんだ付けとか大嫌いなんですよ。一番大変だったのは、『GLOBAL BEARING』という作品のセンサーに関する数学的な問題を解決しなければならなかったときです。考えぬいた結果、ある数式にたどり着いて解決することができたのですが。
あと、作品が、自分の頭の中で考えていたものと近いかたちで仕上がったときに、快感に近いものを感じます。
これは作品全体が仕上がったときにも感じますし、それ以前の段階でも、部分的にうまくいったときも感じる感覚です。

――これまでつくってきた作品に、共通するような部分はあるのでしょうか。また、平川さんは過去の作品に対して、どのように考えているのでしょうか。
共通点といっていいのかどうかわかりませんが、すべての作品には、僕の主観的な意見が入っていません。入ってないというよりも、入れていないといったほうがいいかもしれません。自分の頭脳の延長線上にあるものとしてコンピューターを使い、私ではなく、そのコンピューターが演算した何ものかが、作品として提示されるんです。
過去の作品について、本音をいえば、すでに飽きています。それらをいま見直しても、つまらないという印象しかもちません。もちろん、これまでつくったもののなかから、おもしろそうな部分は、新しい作品のために拾ったりしますが。

――作品を保存するためには、大きなスペースが必要になろうかと思いますが、どのように対処しているのでしょうか。
たしかに作品を保存するのは、けっこうむずかしいです。たとえば、パソコンの性能が変われば、表現されるものも変わってしまいます。ですから、ある作品をつくったら、何から何までそのまま保存する必要が生じます。
とはいえ、これは「作品を保存する」と思うから発生する困難であり、保存にこだわらなければ何ということはない問題なんですけれど。僕の場合、保存したいという思いがあるのなら、インスタレーションはやらないですよ、きっと。

――過去の作品に手を加えたりすることはあるんですか?
展示する場所が変わるたびに、いじりますね。使うマシンに合わせたり、場所に合わせたり、という調整をします。そういう意味では、一度つくり上げた作品をいろんな場所で展示するということは、パフォーマンスに近い行為だと思います。展示する場所の条件に合わせて、最適な作品の環境をつくっていくわけですから。
このように、つくった作品がいろんな場所で展示され、そのたびにさまざまな調整をするのですが、それを続けているとだんだん作品がつまらなくなってくるんですよ。でも、そうなってくると「何がつまらないのだろう」と考えるようになります。このように、自分の作品の何がつまらないのかを発見する、ということは、とてもたいせつなことだと思います。

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