生まれも育ちも東京・荒川区。そんな村田さんの作品には、下町の息吹があふれている。第5回文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門で優秀賞を受賞した立体アニメーション『睡蓮の人』では、あたたかい雰囲気の人形が登場する。そして、微細につくりこまれたセットからは、懐かしさが漂う。マンガや実写などを取り入れつつ、あくまでも作品の軸は立体アニメーションに置きたいという村田さんに、生まれ育った街のことや作品、着想、文化庁メディア芸術祭との関わり、そして今後の展開についてうかがった。
――村田さんが暮らした日暮里や谷中、根津、千駄木とは、いったいどういう街なのでしょう。一言で言いあらわすと?
「はざまの街」とでも言いましょうか。
たとえば、池袋や上野のようなスピードが速く、せわしない都会の街があります。いっぽうで、下町と呼ばれる街があって、都会と下町のはざまにあるゆったりとした街、それが日暮里界隈なんだと思います。
僕のなかには、都市、つまり人や物の流れが速い街と、日暮里界隈のようなゆったりした街といった、ふたつの街が同居しています。
――生まれ育った街の風や雰囲気は、作品に影響を与えていますか?
いま平塚で作品の展示をやってますが、作品の素材として古い日本家屋のガラス戸やドアなどを使っています。たまたま僕が千駄木で家屋の解体現場に出くわしたときに、家主に頼んでガラス戸などをいただいたんですね。
僕は、古い家屋を見て「なつかしい」と思うわけではありません。わかりやすい説明として「なつかしい」とか「ノスタルジー」という言葉を使ったりはしますが。
古い家屋の解体現場からいただいた素材は、僕にとって使う意味があるものだと思っています。それは僕にとってとてもしっくりとくるものなんです。ビルや鉄筋家屋のあいだに点在する日本家屋の存在。いろんな家屋が混在する街並み。素材だけでなく、そうした環境自体に興味があります。
日本家屋がつぶれてビルが建つという実状はありますが、そのように街並みを平準化してしまうことには抵抗があります。家主にもいろいろ事情があり、今後も壊したり売ったりする家が出てくるでしょう。だから、古い家屋はどんどん減っていっています。
古い家屋の素材を作品の中に取り込むこと自体が、なにかしらの残像のようなものを映し出してくれるのであれば、それは非常に大事な意味があると思うんです。
――立体アニメーションとの出会いは、いつごろのことでしょう。
三浪して東京芸術大学に入ったんです。芸大に入ってから、「何をやろうか」と考えているときに、チェコの立体アニメーションに出会いました。
はじめての出会いは、芸大2年生のおわりくらいですか。イジー・バルタとヤン・シュヴァンクマイエルの作品ですね。1997年のことです。
ふたりの作品を見たときの印象は、ものすごいものがありました。ごつごつした人形が、よくわからない言葉を発している。彼らの作品は、1秒に24コマほど回しているんですが、がたがたした画面でストーリーが展開していく。命がなさそうなものに命を吹き込んでいるような、異質な世界をつくりだしている。
それを見ていて、この感覚だったら僕もつかめるかもしれない、と思ったんです。
――立体アニメーションを作風として選んだ理由は?
小さいころから、おぼろげながらマンガ家になりたいと思っていました。あと、映画が好きだったので、映画監督にもあこがれていました。始まりがあって、終わりがある。時間の軸を感じながら、ストーリーを展開させるようなものをつくってみたかったんです。
もちろん絵や写真でも、時間を感じるような仕掛けはできると思います。でも僕は、ひとつの作品のなかで連続して、時間の軸を感じられるようなものをつくりたかった。
それを実現するための表現手段は、映画でもよかったし、アニメでもよかったのかもしれません。しかし、僕にとっては、立体アニメーションがしっくりきたということですね。
作品を観ているうちに、自分でもやってみようと思うようになり、3年生の課題として立体アニメーションをはじめました。実際に立体アニメーションをやってみたところ、そのなかに僕に必要なものを見つけたんです。

――あくまでも軸は立体アニメーションなのでしょうか?最近は、絵画やCG、そして実写なども作品に取り入れていらっしゃいますよね。
そこにとどまること。逃げ出さないこと。目の前に自分が暮らす以外の世界が存在していること。作業中は孤独なのですが、作品のなかの世界と僕が同じ空気を吸っているような感覚があります。
CGは画面に描くし、絵画は紙などに描きますよね。つまり二次元の世界です。ところが立体アニメーションは、作品が三次元の立体であり、いつも僕の目の前にあるんです。二次元よりも三次元のほうが、僕には親近感がわきました。
とにかく、立体アニメーションの作品をつくることにより、僕自身が成長できるような気がしました。僕の作品には、絵や漫画、そして実写などもありますが、すべての軸となるのは立体アニメーションです。
――どのようなタイミングで作品の着想を得るのでしょうか?
初期の作品を着想する際には、チェコのアニメ作家の影響が多大にありました。その後、すこしずつですが、僕を取り巻く環境を作品に組み込んでいくようになりました。
僕が存在しているのは、僕個人のみでは成立しません。取り巻く環境によって、僕という個人は成立しています。環境によって、僕がつちかわれてきている。その環境を見直し、作品をとおして自分のルーツのようなものを考えてみたいと思いました。
さらに、最近は小説を読んだり、写真集を見ながら、それらの作品に流れている空気のようなものを、自分の作品に取り入れてみたいと思うようにもなりました。
それらのストーリー全体ではなくて、断片的に覚えている部分を、自分の作品で切り貼りしてつなげたりもしています。音楽なども含まれますね。その断片的な部分の寄せ集めが、いま自分が思っていたり、考えていたりすることなんだと、すこしずつわかってきます。
――作品づくりのための情報は、どうやって整理しているのでしょうか?
小説を読んでいて、気になる部分には線を引きます。さらに、気になる部分を打ち込んで、メールで自分のパソコンに送信しています。パソコンにはネタ帳のようなものがあり、単純にアイデアをまとめたものから「現代美術とアニメ」というテーマまで、30項目くらいに分けて保存しています。
――作品をつくる過程で、うれしかったことと苦しかったことを教えてください。
うれしかったことですか……。僕がつくった人形が、作品をとおして「動く」ということが、いまも昔もうれしいですね。
作品や表現を次の段階やステップに移すときに、いろいろ悩みます。これは誰でもあることだと思います。すこしずつであれ、作品を通して、自分が考えもしなかったことを考えたり、それをどう受け入れていくか、もしくは乗り越えていくかといったりしたことが、年を重ねていくことでより深いところに到達できることを望んでいます。




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