
近年の未曾有の経済成長率を背景に、都市の人も風景も、日々変容しているインド。世界中の注目が集まるなかで、インドの現代アート界もかつてなく盛況です。現在、森美術館で開催されている、「チャロー!インディア:インド美術の新時代」は、そんなインドにおける、さまざまな表現活動を、27組のアーティストによる約100点以上の作品で紹介する展覧会。インドと言えば、ガンジス川と、白く輝くタージ・マハル。そんなプロトタイプなインドのイメージが吹き飛ぶ、エネルギーに満ちた展覧会です。
「従来のインドのイメージが吹き飛ぶ」…とはいえ、美術館を訪れた人の心を、はじめにとらえるのは、やはり「インドらしい」作品かもしれません。そんな作品のひとつが、会場を入ってすぐの場所に展示されている、『その皮膚は己の言語ではない言葉を語る』。インドの象徴ともいうべき大きな象(メス)が、うつろな目をして横たわっています。よく見ると、その皮膚をくまなく覆っているのは、精子の形をした無数の「ビンディー」! 「ビンディー」とは、ヒンドゥー教の既婚女性が額に施す装飾物のこと。女性アーティストのバールティ・ケールは、この作品において、まだまだ立場の弱い、インド社会における女性の役割を表現しています。
バールティ・ケール 『その皮膚は己の言語ではない言葉を語る』 2006
また、『ラクシュミー (「先住民の類型」より)』も、インド的なモチーフを扱った作品です。実は、ここに映っているのは、自ら「美と豊饒の女神・ラクシュミー」に扮したアーティスト、プシュパマラ・N本人です。「インドのシンディ・シャーマン」と呼ばれる彼女は、インドの映画や、カタログ、ポストカードなど、さまざまなメディアから、一般的に「純インド的」な女性像を選びだし、カメラの前で、自らそれを演じます。そうすることで、その背景にある国家や政治性を浮き彫りのするのが、プシュパマラ・Nの方法です。
『祖先-Ⅱ』という作品で、インドの国鳥、クジャクを巨大な彫刻として出品しているのはジャガンナート・パンダ。もともと司祭職の家系に生まれたパンダは、土地固有の神話や、伝統芸術に親しんで育ちました。花や葉の刺繍がほどこされたゴージャスなクジャクは、神々が住まう太古のインドから突然現れたかのよう。神話的な雰囲気が漂う、とても印象的な作品です。
ジャガンナート・パンダ 『祖先-Ⅱ』 2006
「チャロー!インディア」では、テクノロジーを駆使したアートも見ることができます。 体験型の映像インスタレーションで、誰もが楽しめるのは、シルパ・グプタの『無題(シャドウ #3)』でしょう。暗い部屋のなかに入っていくと、向いのスクリーンに映っているのは自分の影。スクリーンを見ながら腕を上げたり、いろいろと体を動かしていると、自分の影が磁石のように、さまざまな物体の影を引きよせ、そして最後には、それらに飲みこまれてしまうのです。それはまるで、ある物事にちょっと関わったばかりに、あっという間にそれに巻きこまれていく危うさを、ユーモアたっぷりに表現しているかのようです。

シルパ・グプタ 『無題(シャドウ #3)』 2007
同じように、ちょっと見るとかわいいのに、よく見るとけっこう怖い、という作品がアナント・ジョシの『中心、そしてその他大勢』という作品。中央の部屋には、縁日によく出ている射的の景品のように、無数のインドのチープなおもちゃが回っています。しかし、壁面に投影されたその影をみると、串刺しにされた人間や動物がぐるぐると回っているような…。それは、現代社会の背後にある暴力性を暴いたもの?もしかしたら、もっと具体的に、実際にあった虐殺やテロなどを告発しているのかもしれません。
アナント・ジョシ 『中心、そしてその他大勢』 2007
このほか、映像系の作品では、ターバンを染める男や小鳥の行商人などの物語を、4つのスクリーンを使って詩情豊かに紡ぎだしたランビール・カレカの『クロッシング』、アーティスト自身の自殺の試みを、ブラックジョークのように映像化した、キラン・スッバイアの『遺書』などが出品されています。
ランビール・カレカ 『クロッシング』 2005
キラン・スッバイア 『遺書』 2006
多くの現代アートがそうであるように、「チャロー!インディア」では、社会が抱える問題をテーマにした作品も見ることができます。たとえばインドの環境問題や格差社会を映しだす「ゴミ」をテーマにしているのが、ヴィヴァン・スンダラム。インドで不浄とされる清掃を生業とする人々が集めた大量の廃棄物で、都市のジオラマなどをつくっています。また、映像作品の『マリアン・フサインの僅かな上昇』も展示。清掃人の少年マリアンが、ゴミの山の上で優雅にポーズをとり、最後にはふわりと宙に浮くところまでを映した、とても瞑想的な作品です。
ヴィヴァン・スンダラム 『メタルボックス』 2008
また、1993年にムンバイで起きたテロ事件に着想を得て、火を浴びて動物か人の骨でできた骨格だけになってしまったオートリキシャーに仕立てた『オートザウルス・トリポウス』などを出品しているジティッシュ・カッラトは、『格差の死』という作品も展示しています。インドの通貨である1ルピー硬貨をモチーフにしたこの作品は、「1分間たったの1ルピーで通話ができる」という格安通話の話と、1ルピーの給食費が払えずに自殺した少女の話を重ねあわせ、見る者にインドにおける格差の問題をつきつけます。
ジティッシュ・カッラト 『格差の死』 2006
現在、インドでデザイナーとして活躍するトゥクラール&タグラのユニットは、会場にファンシーな部屋を出現させました。イマドキなファッションに身を包んだ青年のポートレートや、アメリカンドリームの象徴でもあるハーシーズのチョコレートシロップのボトルがところ狭しと並ぶ棚…。キッチュな室内には、勝ち組となってカナダやスイスに移住することを夢想する、インドの若者たちの夢がたくさんつまっています。果たして彼らの夢は、思い通りにいくのかどうか?それは、今後のインド社会の動向とも連動していくことでしょう。
トゥクラール&タグラ 『モルフェイス』 2007
見る者の想像以上に、インドの多様性を見せてくれる「チャロー!インディア:インド美術の新時代」。この機会に、展覧会を通して、ぜひインドの「いま」を体験してください。














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