『data.tron [3 SXGA+ version] 』(2007-09)
電子音楽の分野で活躍する世界的な現代アーティスト・池田亮司。アーティスト集団「ダムタイプ」、カーステン・ニコライや杉本博司とのコラボレーションなど多方面で活動しています。東京都現代美術館での本格的な個展となる今回は、彼の作品を「光=視覚」と「音=聴覚」のふたつのテーマに分け、ブラックキューブの展示空間で映像を、ホワイトキューブの展示空間でサウンド・インスタレーションを展開しています。身体感覚の限界に迫ってくる、この圧倒的な空間を体験してみてはいかがでしょうか。
真っ暗な空間に入っていくと、10点の映像と10個の黒いキューブが連続して配置されており(『data.matrix』)、電子音楽が大音響で流れています。 そのまま奥へと進むと、プロジェクター3台で壁一面に投影されている、巨大なオーディオビジュアル・インスタレーション『data.tron』が現れます。これらは、データを知覚するポテンシャルについて探求しているアート・プロジェクト『datamatics』の一環の作品です。
『data.matrix [no1-10]』 (2006-09)
ここでは、無数の数、膨大なデータの組みあわせによって構成された映像が、ものすごいスピードで映しだされています。そんなおびただしい数字やデータを見ていると、ふだんは意識していませんが、私たちの日常生活の裏側には膨大なデータが飛び交っていることに気づかされます。これらの作品は、いかに私たちが生きる現代社会が、テクノロジーやデータなしには存在しえないのか。そして、その不可視性を表現しているのです。
『data.tron [3 SXGA+ version] 』(2007-09)
池田亮司は私たちが知覚する世界を最小単位のデータにまで細分し、その後、再構築して作品へと昇華しています。そんな彼の作品から発信されるデータの渦に置かれたとき、私たちの知覚は最大限まで高められ、数で表されたデータのランダム性、無限性の神秘を感じます。それは、どこか冷たさをともない、ゆえに永遠とも思われる0と1との間に広がる無限の宇宙のなかに私たちは没頭していくのです。
『data.film [no1-a] 』(2007)
『data.film [no1-a]』 (2007)
ブラックアウトした空間で断続的な光の点滅が起こると、私たちの視覚はさらに刺激されます。それは、鑑賞者へ挑んでくるような、知覚の限界点が試されているかのような閃光です。
『data.tron』と『data.matrix』は、映像、光、音のそれぞれが絶妙なタイミングで融合し、そのリズムを体感できる、身体性を持った作品です。空間には、テクノロジー(この作品では数字やデータ)が再構築されることによって身体感覚の限界領域へアプローチしている、まったく新しい形の音楽が流れているのです。そんな作曲家としての池田亮司の世界に圧倒されます。
『data.matrix [no1-10] 』(2006-09)
評論家・浅田彰氏は「池田さんの作品は、たんにきれいだと思わせない、見るものを圧倒しなければダメだというようなところがある」と評しています。池田亮司はそれを認めた上で、「感銘を受けるような圧倒的な体験というのは実は数学のなかにこそ潜んでいるのではないか」と考えています。その“圧倒的体験”をつくりだすものとして、無限の数字や膨大なデータが使われているのです。
地下に降りると、今度は逆に真っ白な空間が広がっています。部屋全体が白くて、まぶしいくらい。部屋の壁には、白いプリント1点と黒いプリント10点が横一列に掛かっていて、とてもシンプルです。しかし、近づいて目をこらしてみると、白地には白、黒地には黒で、プリントの一面にぎっしりと小さな数字が印字されていることに気がつきました。そのとたん、池田亮司の戦略にはまってしまったかのような、嬉しいような悔しいような、“してやられた”という気持ちになりました。
『the irreducible [no1-10]』(2009)
『the transcendental (e) [no2-b]』(2009)
部屋の奥には5個の大きなスピーカーがあり、そこから空間全体に不思議な電子音が流れています。スピーカーの前を通るたびに、音の周波数が変化し、ノイズの聞こえ方が変わるのです。自らの身体とスピーカーとが直接干渉することにより音が変化するというのは、とてもパーソナルな体験として心に残ります。作品に対する反応は人それぞれ。流れてくる音が自分の不可聴域に挑んでいるような感覚にとらわれ、不快に感じる人もいるかもしれません。逆に、この音を心地よく感じ、いつまでも耳をかたむけていたいと思う人もいるでしょう。このように、音を通じて鑑賞者の個人的な体験を生みだすインスタレーションなのです。
『matrix [5ch version]』(2009)
「作品はそれ自体で100%完成しています。なので、ただ見て感じてほしい。自分が発言することで、見る人の解釈や批評の幅を狭めたり、作品の無限性が奪われてしまうのが怖いのです」と池田亮司は語っています。「作品は問いを発信しつづけているので、観客自身が答えを見つけてほしい」と。
圧倒的に迫ってくる彼の作品に対するあなたの答えは何でしょう? ぜひそれを見つけにいってみてください。








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