束芋 断面の世代

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アーティスト・束芋が表現する、新しい世界の断面とは。

現代美術作家・束芋は『にっぽんの台所』や『にっぽんの通勤快速』『公衆便女』などで、日本現代社会の断面的風景を独自のアニメーション表現で切り取ってきました。最年少でキリンコンテンポラリー・アワード1999最優秀作品賞を受賞してから、10年。30代半ばを迎える束芋が、「世代」をテーマに新たな社会の断面を切り取ります。
「断面の世代」は、5点の大型映像インスタレーションすべてが、この展覧会のための新作という大規模な個展。いま、旬のアーティスト、束芋から目が離せません。

団地の断面から見える世代観

エントランスに入ると正面のふたつのコラム(円柱)の間に見えるのが、団地の部屋の断面が切られていく映像インスタレーション『団地層』。団地の部屋からさまざまなものがバラバラと落ちては消えていきます。金太郎飴のように一定のテンポで切られていく部屋をみながら、それぞれの部屋を構成するもの―家具や洋服など —がどれも似たり寄ったりであり、また舞台が団地であることから、ちゃぶ台や扇風機など、どの家庭にもあるような庶民的なアイテムなことに気がつきます。
展示スペースに行くと、もうひとつ団地をテーマにした『団断』という作品をみることができます。『団地層』は白黒の作品ですが、『団断』はカラーの作品。天井から部屋を覗き見ているようなこの作品は、同じ間取りで構成された団地だからこそ、家具の配置やアイテムなど微細な違いが、住人それぞれの個性(それぞれの断面)を際立たせています。

『団断』Courtesy the Artist and Gallery Koyanagi

今回の展覧会は「世代」を主なテーマとしています。というのも、束芋は、自分の親の年代である団塊の世代の人たちと話していて、その世代観の違いに驚いたそうです。
「自分と同世代の人は、個性を求めながらも、同じグループ、同じ空気感を共有することで安心を覚えています。だからか、仲間意識があり、世代を意識している。一方、団塊の世代の人は、あまり世代を意識していないように感じました。もちろんこれは、あくまでも自分の思い込みなのですが……」(2009年12月11日の記者会見より)
社会という全体のなかで自分のポジションや役割を意識する団塊の世代。それに対して、「個」に執着し、自分の周りが世界のすべてであると思い、部分でしか捉えていないので全体像が見えていない(といわれる)、束芋の世代。そこで作家と同じ1970年代生まれの人のことを「断面の世代」と名付けたのです。そして、その「断面の世代」を表現するのに、「団地」というモチーフがもっともしっくりきた、というわけです。

物語から広がる世界

右側の部屋に入っていくと、そこでは、朝日新聞の夕刊で連載されていた、吉田修一の長編小説『悪人』の挿絵の原画がズラリ 。

『悪人』Courtesy the Artist and Gallery Koyanagi

『悪人』Courtesy the Artist and Gallery Koyanagi 横浜美術館での展示風景

もちろん、小説からインスピレーションを得て描いてはいますが、束芋の絵自体がもうひとつの物語のように、完成されています。髪、腕、唇、指など、人体のモチーフに電車やケータイなどを組み合わせたり、モチーフとモチーフの繋がり方、流れ方が非常にユニークで記憶に残ります。これは、グロテスクであり、エロティックであるのですが、なぜかもう一度みたくなってしまうような、不思議な魅力を放っています。

『悪人』Courtesy the Artist and Gallery Koyanagi

『悪人』Courtesy the Artist and Gallery Koyanagi 横浜美術館での展示風景

奥にある大型映像インスタレーション『油断髪』は、その小説『悪人』の登場人物、金子美保をモデルに、小説には書かれていない金子美保の物語を想像してつくった作品。髪の間からテーブルやシャワーがちらっと垣間見えるその様子に、ひとりの女性の秘なる部分、ダークな部分、繊細な部分を覗き見しているような気分になります。

『油断髪』Courtesy the Artist and Gallery Koyanagi

『油断髪』Courtesy the Artist and Gallery Koyanagi 横浜美術館での展示風景

秘めたエネルギーの解放

個をとりまく世界と個を比べたときには、物理的にいえば小さい存在である個が、個による想像世界の広がりによって物理世界を凌駕するという模様を表現している『ちぎれちぎれ』。突き出た場所の先端まで進むと、観客には空間全体に映し出された世界がはっきりと見えてきます。そこにはトンネルのようなものがあり、その真んなかでは、空中に男性の裸体が浮かんでいます。そのイコンのような裸体が筋肉になったり、骨になったりと変化していく様子は、まるで怒っているかのような、荒々しさが感じられます。

『ちぎれちぎれ』Courtesy the Artist and Gallery Koyanagi

花が開く有様や水から突き出ている足、下からボコボコと湧き出る水泡が、内側から外側へ向けて発散されるエネルギーを表現している『BLOW』は、映像と音で楽しめる作品。血肉のような物理的なものも、愛憎や希望といった不可視のものも、どちらも含めて、個のなかに閉じ込めれたエネルギーが放出されたとき、外の世界との化学反応が起こります。その瞬間が映し出された映像の真ん中に実際に立ち、そのエネルギーを体験することで、その変化の目撃者となります。

『BLOW』Courtesy the Artist and Gallery Koyanagi

この展覧会では、さまざまなコラボレーションも行なわれます。ダンサー・康本雅子とエレクトーン奏者・Tuckerとのライブパフォーマンスや、WANDERING PARTYによる演劇公演など、展覧会だけに留まらず、広がりをもって展開しています。断面の世代の人もそうでない人も、束芋が切る、断面の世界に浸ってみてください。



写真:ただ(ゆかい)、横浜美術館提供