vol.7 文学の触覚

文学の触覚
【開催期間】2007年12月15日(土)〜2008年2月17日(日)
【会場】東京都写真美術館 地下1階映像展示室

ペーパーメディアの代表とされる「文学」と、電子メディアの発達とともに歩んできた「メディアアート」。今回は、この一見結びつきそうにない両者の融合を、「見る」、「聞く」、「触れる」とさまざまなかたちで体験できる展覧会に足を運んでみました。

文字を運ぶメディア

会場に入ると、さまざまなメディアの形をとった「文字」の世界が私たちを迎えてくれます。私たちは普段、「文学」すなわち「文字」を視覚的に把握する(読む)ことを無意識に行なっています。そのため、それが「紙」に印刷されたインクであるという文字の物質性や、その背後にある「書く」という思考のプロセスや身体の動作に対してあまり自覚的になることはありません。

アタナシウス・キルヒャー著『光と影の大いなる術』など、映像史に関する貴重本も展示

けれども、ここで展示されている書籍の「紙型(しけい)」は、文学がこの紙という物質に印字された結果であることを否応なく思い出させてくれます。それは、「文学の手触り」とでもいうべきものを視覚的にイメージすることを可能にしてくれるのです。

書籍の「紙型」(協力=工作舎)

筆の流れを3D化した書道家の大橋陽山氏の『然』では、静的で視覚的な美だと考えられている「書」が、身体のダイナミックな動きの結果としてクリアに伝わってきます。ここでは、17世紀のキルヒャーの書籍から、スクリーン上のモーショングラフィクスに至るまで、異なるメディアに媒介された「文字の手触り」を一望することができます。

『然』
アートディレクション:大橋陽山 書:大橋陽山 制作:チームラボ
『然』

「共感覚」としての触覚

文学やアートの体験を表現する感覚としてはあまりなじみのない「文学の触覚」にこめられた意図とはどのようなものなのでしょうか?「それは、私が『触覚』という言葉を(展覧会のタイトルとして)採用する際に、ランダムかつ等距離なかたちでさまざまな感覚にアクセスできるという意味での『共感覚』を大切にしていたことに起因すると思います」(キュレイターの森山朋絵氏)。つまり、私たちの視覚、聴覚、そして触覚がいっせいに作品と対話している状態を「触覚」という言葉で表現しているのです。このように「触覚」を楽しく体験できる作品のひとつが、歌人・詩人の穂村弘氏と石井陽子氏のコラボレーション作品『情報を降らせるインタフェース』。白い円形のテーブルに手をかざすと、穂村作品の詩が流れてきます。手のひらに詩が投影されていて、視覚だけに頼った作品のように思えますが、それは体験してみてのお楽しみ。私たちの手の動きに反応して詩のフレーズが現れたり、テーブルと手のひらの間を文字が飛んだり跳ねたりしているようす。それは、まるで詩と体で戯れるような、まったく新しい形式の文学との出会いなのです。

『情報を降らせるインタフェース』穂村弘『火よ、さわれるの』+石井陽子『情報を降らせるインタフェース』
(NTTサイバーソリューション研究所)

また、作家の松浦寿輝氏と第1回文化庁メディア芸術祭で『KAGE』がデジタルアート[インタラクティブ]部門大賞を受賞した近森基++久納鏡子(minim++)による『月の光』では、松浦の文学がユーモラスにそして可憐に床に投影されます。映し出された「像」は私たちの体の動きに反応し、まさにそこでは「文学の触覚」が、手のひらを超えて体全体へと拡張していくように感じられるのです。

『月の光』近森基++久納鏡子
『月の光』
光と影、映し出される像から松浦寿輝による詩や小説の世界が体験できる

メディアに媒介される多様な身体性

文学と身体との新たな関係性は、それぞれのコラボレーション作品のなかにさまざまな形で反映されています。たとえば、平野啓一郎氏と中西泰人氏のコラボレーション作品『記憶の告白‐reflexive reading』。私たちは、スクリーンの前に設置された白い球状のインターフェースを動かすことで、平野氏の文章が投影されるプロセスに影響を与えることができます。この作品の一番のおもしろさは「不自由さ」。一般的に、従来のメディアアート作品においては、メディアが創りだす擬似環境に対して、私たちの反応や体の動きは、瞬時に、そしてダイレクトに反映されていました。ただし、この作品のなかで私たちが与えようとする影響は、限定され、遅延していきます。このもどかしさが、ここでの文学経験を回帰的(reflexive)なものへと変えていくようです。

『記憶の告白‐reflexive reading』平野啓一郎+中西泰人
『記憶の告白‐reflexive reading』

舞城王太郎氏とdividual(遠藤拓己+ドミニクチェン+松山真也)の作品『タイプトレース道:舞城王太郎之巻』もまた、新しい文学との向きあい方を私たちに提示しています。スクリーンには、舞城氏の文章がタイプされていくようすをリアルタイムに投影しています。作家が言葉を選ぶようすやプロットを進めていくうえでの葛藤といった、文学作品が成立していく過程を、スクリーンを通じて私たちも追体験することができます。そして、スクリーンの前で孤独に動くタイプライターは、文学を生産するという行為の物質性や孤独さをシンボリックに鑑賞者へと伝えているのです。

『タイプトレース道:舞城王太郎之巻』舞城王太郎+dividual(遠藤拓己+ドミニクチェン+松山真也)、開発協力:永野哲久
『タイプトレース道:舞城王太郎之巻』

また、第5回文化庁メディア芸術祭デジタルアート[インタラクティブ]部門で『突き出す、流れる』が大賞に選ばれた児玉幸子氏と川上弘美氏のコラボレーション『七つの質問』は、鏡台の前で川上氏の問いかけに鑑賞者が答えるインタラクティブな作品。鏡台の前に設置された磁性流体による有機的な造形作品である児玉氏の『モルフォタワー』が、作品の幻想的な効果を一段と引きたてています。また、暗室のなかに置かれたことで、視覚が制限されて、作家との対話という聴覚的な体験がより鮮やかに伝わってくるのです。

「この展覧会はパッケージ化された展覧会ではありません」(森山氏)と語るとおり、作家とメディアアーティストとの出会いの数だけ新たな体験の可能性が広がっている展覧会。鑑賞したあとは、あなたの文学体験がより豊かなものになっていくのかもしれません。

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