かわぐちかいじ
(かわぐちかいじ)
1968年「夜が明けたら」でデビュー。「アクター」「沈黙の艦隊」「ジパング」でそれぞれ、第11回、第14回、第26回講談社漫画賞を受賞。現在執筆中の「太陽の黙示録」は第51回小学館漫画賞を受賞など。
沈黙の艦隊
1988年~、講談社『モーニング』
ライオン
1985年~、徳間書店『コミックバンバン』
連載中から話題を呼び、アニメ化もされた大ベストセラー「沈黙の艦隊」で有名なかわぐちかいじさん。その後も「ジパング」「太陽の黙示録」等、次々とヒット作品を生み出し続け、今年でデビュー41年目を迎える氏に子供時代のお話やマンガにおける編集者の役割などについてうかがった。
―― 小さいころからマンガはお好きだったのですか。
マンガは読むのも描くのも好きでした。僕が小学生の頃は戦後の月刊誌マンガの時代で、「鉄腕アトム」とか「鉄人28号」「イガグリくん」「赤胴鈴之助」などを読んでいました。模写を始めたのは小学校高学年ぐらい。僕には双子の弟がいて、同じように絵が好きだったので、どっちがうまく描けるかとか、競争していましたね。1人で描いていたらすぐ飽きちゃったかもしれないけど、同じような技術とセンスを持った弟と一緒にやっていたので、飽きることもなく。そういうふうにして遊んでいたら、次第に2人だけの世界ができちゃって、他の友達は入ってくることができなかったですね。誰か入ってこようとすると、ダメだと言って2人で意地悪したり。
それから模写だけでは飽き足らなくなって、自分でコマを割ってマンガの形式にして描くようになりました。そうやって自分で創作したマンガのほうにだんだん発展していくんですけれども、それが中学生から高校生ぐらい。最初は大学ノートに鉛筆で描いていたんですけど、高校生の時に墨汁とペンで本格的に描くようちなって、2人の共作で雑誌に応募しようということになったんです。でも、ちょっと根気が足りなくて途中で挫折してしまいました(笑)。
マンガは最高の遊びでしたね。叱られたり、友達とうまくいかなかったり、つらいことがあっても、すぐ妄想の中に逃げ込むんです。退屈することはなかったですね。
―― マンガ以外にお好きなものはありましたか。
映画も相当好きでしたね。黒澤明とか、いい映画をリアルタイムで見ることができたので、映画の制作にも興味がありました。高校時代、図書室で「年鑑代表シナリオ集」を借りてきて、片っ端から読んでました。映画をやりたいという気持ちとマンガ家になりたいという気持ち、両方あったんです。でも、映画には徒弟制度みたいなものがあって、映画会社に入ってもしばらくは映画をつくれないかもしれないというのを知って、やっぱり自分の気持ちひとつで即できるマンガのほうがいいなと。
―― それで大学ではマンガ研究会に入られるわけですね。
ええ。マン研ではいい先輩に恵まれました。なかにはマンガ家とか編集者になる人もいて、編集者になった先輩から声をかけられて在学中にデビューすることになったんです。
―― 先生の作品にはリアルな世界が描かれているものが多いので、取材や下調べにかなり時間がかかるのではないかと思うのですが。
取材は結構しますね。設定としてはとんでもないものが多いんだけど、リアルな世界が基本的にあります。そのリアルな世界をきちんと描いておかないと話が荒唐無稽になってしまう。だから取材はするんですけれども、連載前はもちろん、連載が軌道に乗るまで続けるので、結構手間隙かかります。自分一人ではなく、担当編集者と一緒にやることが多いですね。編集者も筆者と同じぐらいの知識量がないと原稿に赤を入れたりできませんから。
―― 編集者の力量も問われるわけですね。
編集者の力は大きいです。しかし、マンガにおいては、何よりもマンガを読む読者の存在が大きいです。読者がマンガをつくっていっている。そういう読者のために作品を提供したいんです。そうすると、マンガ家個人の力だけでは足りないところがあって、編集者に関わってもらう必要があります。共同制作みたいな形のほうがクオリティーも高くなるし、持続もできる。今、そういうシステムは昔よりはるかに進んでいますね。僕らがデビューした頃は、すべてマンガ家に任せて、編集者は原稿を取るだけみたいな感じだったんです。今は編集者も一緒になって悩んでくれるので楽になりました。
―― 編集者との共同作業でご苦労されたことはないんですか。
もちろん意見がぶつかることも多々あります。最初はマンガ家主体で始まって、編集者が助言してくれるという形なんですが、連載が長くなってくると共同で作り上げるようになります。例えば餅つきで2人が杵を持って、ペタンペタンと作品という餅を美味くて腰のある餅になるまで、こねて突上げるという作業に似ています。つまりマンガ家が描いたシーンとかストーリーに具体的に代案を出せる作家的資質を持った人が優秀な編集者なんです。イエスマンでマンガ家を気持ちよくさせるだけの編集者よりも、お互いに作品の完成度を高めるために、やり合うことのできる編集者とつき合うほうが自分の力を広げてくれると思います。
―― 話は変わりますが、先日バルセロナのマンガフェアに行かれたそうですね。
去年の11月だったんですが、行ってみたら、ものすごく盛況で、みんなコスプレしていました。彼らは日本のマンガやアニメーションからすごく影響を受けているんです。ブースをいろいろ回りながら、日本のマンガに関わる者として、しっかりしなきゃという気持ちにさせられました。憧れの対象として、今後も期待される以上の作品力を日本のマンガやアニメーションを作る側が持っていなければいけないなと。
―― 今後、作品を通してどのようなことを伝えていきたいですか。
長い間マンガを描き続けてきましたが、まだ底が見えないんです。マンガにはまだまだ大きなものがありそうだなと。
例えばマンガが持つ力の大きさを感じさせられたこんなエピソードがあります。あるファンレターをもらって、その中には写真が入っていました。ファンの人が「沈黙の艦隊」の舞台の一つであるニューヨークに行って、マンガの中に出てきた橋とかを背景に写真を撮り、それを送ってきてくれたんです。マンガの力ってすごいな、実際に人をニューヨークまで行かせてしまうほどの力がマンガにはあるんだなと改めて思いました。
マンガでなければ表現できない世界というのがあって、それはすごく魅力ある世界だと思うんですね。これからもいろんなマンガを描きながら、マンガの最高の形というのを突き詰めていきたいなと。そして、それを読者の人も一緒になって楽しんでほしいなと思っています。 (了)